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第66話 兄弟というもの6

(葵語り) 「慧さん…………」 出てきたのは島田のお兄さんではなく、別の人だった。この人が共同経営者の店長さんで、昼間のカフェを仕切っている人のようである。 店長さんは明らかに怒っていた。眉間にシワをよせて不快な表情をしている。普段はきっと優しいんだろう、怒り慣れていない感じがする。 背が高くて、落ちついた低めの声と優しい瞳にフチなしのメガネがよく似合っていた。 「真理。弥生さんにちゃんと謝りなさい」 「でも………………」 「でも、じゃない!!」 しっかりとした重低音と声量に島田が怯んだ。 「…………ご、ごめんなさい…………」 島田の表情は不服そうだったが、店長さんに促されて渋々謝罪の意思を口にした。 「熊谷君は、後片付けをお願い。弥生さんが落ちついたら帰ってもらうように。君たちはこっちで話を聞くから来なさい」 他の女性スタッフに弥生さんをお願いして、俺と島田は裏のスタッフルームへ連行された。熊谷先生の弟さんが割れて床に散らばったガラスを拾っていた。 本当に島田と関わったらロクなことがない。 スタッフルームには、大きな丸いテーブルを取り囲むように沢山の椅子が囲んでいた。俺と島田が座ると、近くに店長さんも腰掛けた。 「真理。ああいうことにうちの店を使うなと言っただろ。子供じゃあるまいし、何度言えばわかるんだ」 「だって…………喧嘩になるとは思わなかったから。あの女が悪いんだ」 「断るなら誠意を持って伝えないと駄目じゃないか」 島田のことも色々知っているようで、怒り口調が段々と諭す口調へと変わっていった。まるで子供に言い聞かせるように、店長さんからはある種の愛情を感じた。 「今度という今度は俺も頭にきたから、真理には責任を取ってもらうよ。労働で備品とクリーニング代を償うように」 「えーーーーっ、やだ、やだ。慧さん、お金なら明日持ってくるよ」 「だめだ。これは決定事項なんだ。君の兄貴も了承した。真理は明日から放課後はここで働くこと。労働で汗を流して健康的にお金を稼ぎなさい」 島田の顔がピクピクと引きつっている。 運動の次に労働が似合っていない島田は、頬をぷーと膨らまして黙り込んだ。 本当にこいつの脳みそは10才ぐらいで成長を止めたのではないだろうか。 「さて、伊藤君。真理が働くことを了承した証人ってことで、ちゃんと覚えておいてね」 店長さんがニッコリと笑い、あまりの紳士で素敵な笑顔に俺も釣られて返事をした。 「はい、わかりました」 その時、ノック音と共に熊谷先生の弟さんがドアの向こうから顔を出した。 「あの、真理じゃないほう、そうそう伊藤君、お迎えが来たよ」 お迎え…………?何にも頼んでないけど、帰れってことかな。 俺は店長さんに謝罪とお礼をしてスタッフルームを後にした。結局パンケーキもワッフルも食べ損ねた。島田のばか。

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