66 / 124

第67話 兄弟というもの7

(葵語り) スタッフルームを出ると弥生さんは帰った後で、店内には平穏が戻っていた。 1人で外へ出る。 辺りはすっかり暗くなっていた。 寒そうに見える丸い月を見ながら、人通りの少ない静かな裏路地をとぼとぼと歩く。 「あおい」 突然聞き慣れた声で名を呼ばれ、身体が反射的に反応する。振り返ると先生が立っていた。仕事終わりだろう、カバンを肩に提げて見慣れぬ眼鏡姿であった。 「えっ……なんで?」 「和樹から連絡があった。迎えに来いって」 「和樹…………?」 「俺の弟。島田がまた騒ぎを起こしたって連絡くれた時、葵の話が出たんだ。伊藤君のことを知っていたら迎えに来て欲しいって言われた。ふふふ、びっくりしただろう」 さっきのお迎えって、先生のことを指していたんだ。先生と弟の和樹さんの兄弟繋がりが生んだ偶然に俺は嬉しくなり、思わず先生に飛びついた。 「うわっ」 暗い夜道だから思い切ってぎゅ、と抱きしめて先生の匂いを吸い込む。島田のつまらない寸劇に巻き込まれて疲れた心が洗われていくようだった。まさか先生に会えるとは思わなかった。 「あのな、路上は誰が見てるかわかんないから、こっちな」 抱き合ったまま、カニ歩きをしてビルの隙間に入る。ここなら誰も見られないと、先生が俺を抱き締め返してくれた。髪の毛を優しく撫でられる。 「島田の彼氏役をやったんだろう」 和樹さん……そんなことまで説明したのか。 「しぶしぶ……やりたくなかったし……」 「葵の彼氏は誰だっけ?俺もあんまりいい思いしなかったんだけど」 「ご、ごめんなさい……」 食べ物に釣られてしまう決まりの悪い自分を隠すように、先生の脇の下に顔を埋めた。 会いたかった。 姿を見たら好きが止まらなくなった。 好き……好き……大好き。 「葵、こっち向いて」 見上げた俺と先生の唇が重なる。 啄むキスを何度もしていると、愛しくて互いに笑みがこぼれる。そのうち口惜しくて俺が舌を差し出すと、先生が迎え入れてくれた。 互いの舌を吸って唇で挟む。 足りなくて、もっともっと先生のが欲しくなって、いやらしい舌の音を聞きながら前のめりになる。でも、突然口を離された。 「はい、おしまい」 「なんで…………やめちゃうの」 「近いうちに家へ遊びにおいで。二人っきりになった時に葵のやりたいことしよう」 「………うん………行きたい……」 「少し早いけど、クリスマスをしようか」 「クリスマスって何するの?」 「クリスマスは恋人同士で美味しいもの食べていちゃいちゃすんの」 こんなに近くに居るのに、手で触れる距離にいるのに、胸が締め付けられるように苦しいのは何でだろう。泣きたくなるくらい好きが溢れてくるのは何でだろう。 鼻の奥がきゅんと痛くなった。 俺はこんなに人を求めたことがあっただろうか。 「さて……ラーメン食べに行くか?腹減っただろ」 「うん、行く!!」 差し出された手をぎゅっと握り、駐車場まで繋いで歩いた。

ともだちにシェアしよう!