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第69話 葵のやりたいこと2
(葵語り)
「弟の和樹。葵を迎えに行く時、実家にあった俺の荷物を持ってきてくれたんだ。ついでに飯でも一緒に食おうかと思って……」
「伊藤君、こんにちは。兄貴と仲が良かったんだ。まさかの偶然に驚いているよ」
「……こ、こんにちは…………」
先生は普通に和樹さんを俺に紹介した。俺に気を使ったのか、それとも先生が困るのか、ただの仲の良い生徒として挨拶する。普通に考えれば、生徒とプライベートで会う関係は仲が良いだけでは済まされない。その先は安易に想像がつく。だけど、和樹さんは全くそれには触れず、俺をごく普通の高校生として接してきた。
時刻は13時を過ぎていたため、先生宅の近くにある定食屋さんへ入ることになった。
クリスマスパーティーをする予定が、なんだか拍子抜けした。2人で食べようと駅前で買ったケーキが重く感じる。
正直に言うと、ものすごくつまらなかった。
先生は和樹さんとの話に夢中で俺にあまり気を遣ってくれない。ただ無機質に咀嚼するだけで、自分は何のためにここにいるのだろうと悲観的になりそうだった。
「あのさ、たまには帰ってこいって母さんが言ってたよ。あと、親父は結婚しないのかってそればっか。兄貴には彼女はいるのかしきりに聞いてくる。俺知らないのに」
「親父は放っておけばいいんだよ。いっつも同じことしか言わない。お前こそ大学はどうなんだ」
「別に、普通。ゼミを掛け持ちしてるから忙しいくらい」
サバの味噌煮を箸先でつつきながら、兄弟の会話を聞いている。話題は互いの近況についてだった。
本当なら一緒に鍋を作るはずだったのに、どうして俺はここにいるんだろう。
「伊藤君は兄貴とどういう関係なの?」
この食堂は全てセルフサービスのため、水も自らお代わりを注ぎにいく。そこで和樹さんに背後から話しかけられた。
テーブルで食事をしている先生が視界の端に入った。ザワザワとした賑わいのなかで、誰も他人の会話なんか気にしていない。
「あ、え、あの……」
「自分としては普通の関係には思えないんだけど。兄貴がああやって1人の生徒に固執する姿を初めて見たんだよね」
「時々勉強を教えてもらってるだけ……です」
「ふうん……君はまだ高校生だから分からないかもしれないけど、こういうことが世の中の大人に知れたら兄貴は職を追われるんだ。もし、伊藤君に兄貴を思いやる心があるなら、勉強は別の人に教わってもらいたい。塾に行けば事足りるだろう」
「………………」
「君の気まぐれが1人の人生を狂わせることになりかねないって言ってるんだよ」
耳鳴りがして、軽い目眩を起こしそうになった。
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