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第70話 葵のやりたいこと3

(葵語り) 「気まぐれ、じゃないです……」 必死の反論は、和樹さんの言葉の揚げ足を取ることしかできなかった。動悸が倍速で早くなる。 「兄貴はモテるよ。昔から女っ気が絶えなかった。そのうち捨てられると思うけど、せいぜい『先生』とお勉強すればいい。ご愁傷さま」 一瞬何を言われたのか理解不能で頭が真っ白になる。だんだんと俺へ悪意が向けられていることに気が付いてきた。和樹さんは兄貴に近付く俺が憎いようだ。 傷付いた。予想してない暴言にめいっぱい傷付けられた。抉られるように胸が痛い。 2人でやろうと言っていた早めのクリスマスも、虚しくなるくらい自分だけが浮かれていたんだと思った。 だけど、ここでは泣いてはいけない。 俺は下唇を思いっきり噛んだ。 「そうですね、せいぜい頑張ります……」 精一杯の強がりを伝え、水を入れたコップを持って席へ戻る。 それから、和樹さんとは店の前で別れた。これからあのカフェでバイトだそうで、島田は毎日真面目に出勤しているよと笑っていた。 俺は怖くて彼を見ることができなかった。足がすくんで縮こまってしまう。姿が見えなくなってもなお身体が小さく震えていた。 「さて、俺たちはそろそろ帰るか。急な予定変更でごめん。晩ご飯は一緒に作ろうな。材料は買ってあるんだ……葵?どうした?」 「………なんでもない。鍋作るの楽しみにしてたから嬉しい。ケーキも買ってきたんだ」 先生は俺を大切に思ってくれている。 もしかしたら飽きちゃうかもしれないけど、俺を好きだと言ってくれた。 第三者の意見に振り回されていたら恋愛なんかできない。だけど、元々祝福されるような仲じゃなかった。教師と生徒、しかも男同士、知られてしまったら先生も俺も周りから糾弾されるだろう。世間から疎まれる関係なのだ。 先生の後をゆっくり歩く。 悲しいけれど、和樹さんの言った通り捨てられてもしょうがないと思えてきた。 それでもなんとか自分を奮い立たせて、他人のことなんか気にしない、気にしないと言い聞かせる。 先生のマンションへ入ると、午後の麗らかな西日が降り注ぎ室内は暖かだった。 「和樹さえ来なきゃ、今頃鍋食べてまったり寛いでいた筈なのに、予定が狂ったよ」 夕飯まで時間があるからコーヒーを飲もうと先生が準備を始めた。俺は立ち尽くしたまま、先生の姿をぼうっと眺めている。 青いマフラーが首から解けて垂れ下がった。 「早速買ってきてくれたケーキでも食べようか……あのさ、さっきから様子がおかしいけどどうした。調子悪い?それとも俺、また何かしちゃった?」 焦げ茶色の瞳が心配そうに俺を覗いていた。

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