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第71話 葵のやりたいこと4
(葵語り)
俺は、先生の言葉にかぶりを振った。
「じゃあ……どうしたの。和樹と飯食ったのが気に食わなかった?」
「…………最初は楽しかったけど……」
正直に答えると、先生の眉間にシワが寄る。何かを思い出すかのように視線が泳いだ後、両腕を掴まれた。
「もしかして、和樹に何か言われた……?やっぱりそうか。あいつは俺の彼女に対してことあるごとに悪態を吐くから、極力会わせないようにしてきたんだが、葵にもしたのか……葵なら勘づかないと思ったのに、俺の考えが甘かった」
先生は項垂れて、しきりに俺へ謝っている。具体的に何を言われたか聞かれるも、再び傷を抉るような行為になるため説明ができなかった。言霊じゃないけど、口にしたら何かが宿りそうで怖かったのだ。
「思い出したくもないから言いたくない。少なくとも今すぐにここから帰りたいくらいはダメージを受けてる」
「ごめんな……確かにあいつの俺に対する執着は病的なんだ」
「もう、先生はさっきからずっと謝ってばかりだよ。先生は悪くないじゃん」
「いいや、俺が悪い。葵を傷つけてしまって本当に申し訳ない」
項垂れている先生を見ていたら、何にも言えなくなった。悪いのは誰よりも愛しい人が悲しんでいる姿を見たくない。
とにかく落ち着こうと、コーヒーとケーキを用意してリビングの机に着いた。向かい合って静かにケーキを口へ運ぶ。俺が大好きなモンブランはいつもより甘くて胸焼けがした。
「昔っから来る者拒まずだった俺を避難するかのように、ことあるごとに口出ししては、相手とトラブルになってたんだ。俺の知らない間にやってることが多くて、かなり悩んだ。そうしているうちに離れて暮らし初めたら被害は減ったんだけど、今もこうして時々ある。和樹に言われたことは気にすんなよな。その中に俺の本心は一欠けらも無い」
「…………知ってる…………」
温かいコーヒーを口に含み、先生に視線を送ると目が合う。コーヒーも俺仕様に砂糖とミルクがたっぷり入っていた。
お付き合いをして日が浅いけど、小さいことでも俺に合わせてくれる。大人だからではなく、俺を尊重して共に歩いてくれているところが心地良い。
向かい合わせになっている俺に、先生が手を伸ばし、カップを持つ手に触れてきた。桜色の爪が固く握っていた指を優しく解き、キュッと重ねてくる。
「………葵は、俺のことが嫌い?」
声色がさっきと打って変わって、痺れるような甘い低音へ変化していた。いきなり変化した大人の雰囲気に心が揺れる。
「嫌いじゃない……好き、だよ」
「なら、よかった……」
正面にいたはずの先生がいつの間にか隣に移動してきた。日が経てば怒りや悲しみも薄れてくるだろうし、和樹さんの言葉は今となってはどうでもよくなっていた。流されてしまえとばかりに、先生に唇を許してしまう。
「ん……ふぅ……ぁ、ん……」
ごくごく自然の流れで押し倒されていた。
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