70 / 124

第71話 葵のやりたいこと4

(葵語り) 俺は、先生の言葉にかぶりを振った。 「じゃあ……どうしたの。和樹と飯食ったのが気に食わなかった?」 「…………最初は楽しかったけど……」 正直に答えると、先生の眉間にシワが寄る。何かを思い出すかのように視線が泳いだ後、両腕を掴まれた。 「もしかして、和樹に何か言われた……?やっぱりそうか。あいつは俺の彼女に対してことあるごとに悪態を吐くから、極力会わせないようにしてきたんだが、葵にもしたのか……葵なら勘づかないと思ったのに、俺の考えが甘かった」 先生は項垂れて、しきりに俺へ謝っている。具体的に何を言われたか聞かれるも、再び傷を抉るような行為になるため説明ができなかった。言霊じゃないけど、口にしたら何かが宿りそうで怖かったのだ。 「思い出したくもないから言いたくない。少なくとも今すぐにここから帰りたいくらいはダメージを受けてる」 「ごめんな……確かにあいつの俺に対する執着は病的なんだ」 「もう、先生はさっきからずっと謝ってばかりだよ。先生は悪くないじゃん」 「いいや、俺が悪い。葵を傷つけてしまって本当に申し訳ない」 項垂れている先生を見ていたら、何にも言えなくなった。悪いのは誰よりも愛しい人が悲しんでいる姿を見たくない。 とにかく落ち着こうと、コーヒーとケーキを用意してリビングの机に着いた。向かい合って静かにケーキを口へ運ぶ。俺が大好きなモンブランはいつもより甘くて胸焼けがした。 「昔っから来る者拒まずだった俺を避難するかのように、ことあるごとに口出ししては、相手とトラブルになってたんだ。俺の知らない間にやってることが多くて、かなり悩んだ。そうしているうちに離れて暮らし初めたら被害は減ったんだけど、今もこうして時々ある。和樹に言われたことは気にすんなよな。その中に俺の本心は一欠けらも無い」 「…………知ってる…………」 温かいコーヒーを口に含み、先生に視線を送ると目が合う。コーヒーも俺仕様に砂糖とミルクがたっぷり入っていた。 お付き合いをして日が浅いけど、小さいことでも俺に合わせてくれる。大人だからではなく、俺を尊重して共に歩いてくれているところが心地良い。 向かい合わせになっている俺に、先生が手を伸ばし、カップを持つ手に触れてきた。桜色の爪が固く握っていた指を優しく解き、キュッと重ねてくる。 「………葵は、俺のことが嫌い?」 声色がさっきと打って変わって、痺れるような甘い低音へ変化していた。いきなり変化した大人の雰囲気に心が揺れる。 「嫌いじゃない……好き、だよ」 「なら、よかった……」 正面にいたはずの先生がいつの間にか隣に移動してきた。日が経てば怒りや悲しみも薄れてくるだろうし、和樹さんの言葉は今となってはどうでもよくなっていた。流されてしまえとばかりに、先生に唇を許してしまう。 「ん……ふぅ……ぁ、ん……」 ごくごく自然の流れで押し倒されていた。

ともだちにシェアしよう!