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第77話 ほんとのきもち1

(島田語り) まさか僕が労働するとは信じがたく、素直に認めたくなかった。サボるつもりで帰ろうとしたら、学校の近くまで彗さんが迎えに来て引きずられるように店へ連行された。 兄ちゃんが経営しているカフェで白シャツにカフェエプロンという出で立ちで僕は店に立っている。いくら騒ぎを起こしたからって、労働で対価を支払えとは強引すぎやしないか。 昼間は兄ちゃんの親友である村瀬彗(むらせけい)さんが仕切っており、共同経営者の兄ちゃんですら口出しは厳禁らしい。 そんなcafé Rは駅前の裏路地にひっそりとあった。隠れ家的なところで、昼間は女性客、夜は男性客が多い。大人がゆっくり寛げるように、Rはrelaxから取ったと彗さんは言っていた。 事実、インテリアや料理も、学生よりは社会人向けに作ってあると思う。 僕が素直に従って働いているのには理由があった。僕は彗さんが好きで、もうずっと長い間片思いをしていたからだ。 僕は彗さんのことが、兄ちゃんとカフェを始める前の大学の同級生のころから好きだった。両親がいない僕に優しく接してくれた彼は、僕の憧れだった。 だけど、気持ちを伝えようと思ったことは一度もない。手の届かないものを欲しがったりはしない現実主義だからだ。 行き場のない気持ちをどうにかするため、僕は男にも女にも性に奔放的になった。何かある度、彗さんに心配されたけど気にならなかった。めちゃくちゃになっている時だけ彗さんの事を忘れられたし、何よりも気にかけて心配してくれることが嬉しかった。 できるだけ彗さんと関わらないようにしてきたけど、時々無性に会いたくなる時があって、そういう時はcaféRへ行った。あのやさしい目と低い声で名前を呼ばれるとゾクゾクするのだ。 僕のものになったらいいのに……といつも思う。だけど、彗さんには長く同棲している彼女がいた。お似合いの二人で、ガキな僕には何もかもが適わなくて、歯がゆかった。 避けて通っていた恋心にもそろそろ向き合わないといけなくなってきた。ほぼ毎日、バイトで彗さんに会わなければならなくなったからだ。 きちんと昇華できればいいのだけれど、複雑に絡まった自らの想いが、果たしてどうなるのか、僕にも見当がつかなかった。

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