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第85話 ほんとのきもち9
(真理語り)
彗さんがしきりに何かを言っていたけど、後から後から涙が溢れてくるので、耳に入ってこなかった。恐怖で膝が震え、身体中が軋み軸がズレている。全てがバラバラになっている感覚からか、これ以上歩くことは不可能だった。
「真理?真理?大丈夫?」
どれくらい泣いてたのだろう、僕を呼ぶ優しい声が電話口から聞こえた。媚薬のように甘い彗さんの声で、数分前よりは落ち着いていられることができる。魔法がかかったみたいに、心だけは冷静に考えることが出来た。パニックになって取り乱す僕は見せたくない。
「……けい、さん……」
「今どこにいる?迎えに行くから、場所を教えて」
僕は場所を説明した。何度か来たことがあったから、だいたい分かる。
電話口で誰かと話をしているようだった。たぶんあの声は兄ちゃんだ。
言葉を紡いでいないと人間として機能しない気がして、口が勝手に動き出す。
「すぐ行くよ。そこから動かないように、じっとしてて」
「うん……あのね、けいさん……」
「ん?なに?」
「今までやってたことのツケが回ってきたみたい……男だから気にしないつもりだったけど、汚れちゃった。人生が180度変わるくらいの、嫌なことされちゃった……ははは……バカみたい、笑っちゃうよ」
道端で座り込んだ僕を、早朝ジョギングしているおじさんが訝しげに視線を送ってくる。真っ暗だった辺りも、うっすら明け始めていた。座り込んでるコンクリートはにわかに湿っている。
「僕、彗さんが好きだったんだ。ずーっとずーっと前から、彼女さんとお似合いだけど、でもずーっとずーっと彗さんが好きだった。ごめんなさい、もう……う……」
『汚れてしまって好きでいる資格もない』と繋げようとしたが、言葉が続かない。
そんなことも言わせてくれないと、今までの自分を呪った。世界一醜い告白をせめてカッコイイ言葉で飾りたかったのに、醜いままで終了してしまう。
思ったより体力が無かったみたい。そりゃそうだ。山本先輩を全力で追いかけた次の日、筋肉痛で学校を休んだくらいだもの。
「……真理、どうしたんだ、返事して」
「……ごめん……なさい………………………」
「まさみち、まさみち?」
僕はそのまま眠るように意識を失う。
目を覚ましたら知らない白い天井の下で寝ていた。
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