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第91話 それぞれの年越し1
(葵語り)
とある夜に、電話で先生と島田のことを話していた。島田は少し前、一週間ぐらい学校を休んでいた。久々に会った時、両手首に包帯が巻いてあったので、一体何事かとギョッとしたのを憶えている。
友達なのに、何も聞けなかった。
聞いたら島田が必死で抑えているものが積を切ったように止まらなくなりそうで、できなかった。島田の心の奥へ俺が触れていいのか分からなかったのもある。先生は知っている様子だったけど、あえて言及をしなかった。
多分、言い難いことなのだろう。
先生は島田兄とも知り合いのようで、島田家にも詳しい。弟である和樹さんのバイト先のマスターだから、必然とそうなるのかなと思った。顔見知りのレベルは超えている。
「大晦日に島田の家で年越しパーティー的なものをやるらしいんだ。葵もおいでって言ってたよ。行って一緒に年越しする?どうしようか」
「え……いいの……?行きたい」
思いがけないお誘いに心が弾んだ。
カウントダウンパーティー的なものの存在は知っていたが、ただの騒ぎたがりの集まりだと思っていた。いざ自分が行くとなると、恥ずかしやらで期待に胸が膨らむ。しかも先生もいる。楽しくない訳がない。
「分かった。一緒に新しい年を迎えよう。冬休みが待ち遠しいな。ただし、宿題はキチンとやれよ」
「うん……分かってる」
もうすぐ今年も終わる。
特に後半は駆け足で過ぎていったように思う。
去年の俺からは想像もできない出会いがあったし、きっと来年の俺も全く考えつかないような所へ行ってしまうのだろう。
何より、今まで生きてきて一番幸せだった。
そして大晦日。
島田の家へ行くのは二度目だけど、お約束のように道へ迷う。どうにも方向音痴らしく、困り果てて島田に助けをお願いした。遠くから手を振るふわふわの頭を見つけて胸を撫で下ろす。迷子はいくつになっても心細い。
「おーい、葵君、久しぶり。元気してた?やっぱり迷子になったね。最初から呼んでくれればよかったのに」
「ごめん……次からはそうする」
「そういうとこも可愛いからいいんだけど。そうそう、葵君に伝えたいことがあるんだ」
caféRの店長、村瀬さんと付き合うことになったと照れながら教えてくれた。島田ってかなりの面食いなんだなと驚く。
「じゃあ、今日は村瀬さんも来るの?」
「彗さん?来るよ。お昼の営業が終わってから遅れて合流するんだ」
「島田よかったな」
「うん。もうセフレは作らない。そういうのは懲りた。僕は葵君と慧さんの為に生きるの」
「俺は余計だろ」
「いーや、葵君も好きだから、大切にしたいんだ」
大晦日の住宅街はひっそりとしていた。
今年もあと数時間で終わるなんて不思議な気分だ。
暫く歩くと、島田の家の前で誰か立っているのが見えた。見覚えのある顔は、島田とcaféRで喧嘩した女の子だった。
弥生さんは俺達を見つけて丁寧に会釈をした。
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