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第105話 教科書泥棒4

(葵語り) 落ちついてくると、島田はポツリポツリと話を始めた。先月に負っていた手首の傷のこと、信一から受けた酷いこと。どんなことをされたか察しはつく。 正直、掛ける言葉が見当たらなかった。 想像を絶する辛い体験をして、その重さが島田の細い身体をを押しつぶそうとしている。俺は抱きしめてあげることしかできず、しがみついてくる島田を崩れないように支えようと腕に力をこめた。 「まさか野々村の口から信一の名前が出てくるとは思いもしなくて。不意打ちでパニックになった」 「警察に捕まったって言ってた」 「うん。兄ちゃんから似たようなことを聞いた。もういないから心配するなって。意味深だなと思ったけど、深くは考えないようにしてる」 島田が腕の中でもぞもぞと動く。少し生気を取り戻したようだった。 「それに、葵君はいい匂いがするから、いい意味で注意散漫になる」 俺の肩に乗せていた顔を起こし、首筋をクンクンと嗅がれた。狭いところで抱き合っているので体勢に余裕がない。島田が顔を起こすと鼻と鼻がすれすれの距離にあった。 これ以上抱き合っているとお互い変な気分になる。現に弱ってる島田とキスしてもいいと思ってしまい、絶対に良くないと俺の何かが告げる。 「腕離すよ」 「待って。もうちょっと、葵君、好き……」 島田の目つきが、憂いを含んだ色気を持ったことに気付いた時は遅かった。身を引いた俺の後ろに手を入れて島田が唇に食いついてくる。 こういうときは力が異様に強く、引き剥がすのに一苦労だった。どこに隠し持ってたんだ。 「ふがっ……ぁ、う……やっやめろよ」 ああああぁぁぁ。キスしてしまった。 「やっぱり葵君は美味しい」 「俺に味なんてない……も、もうすんなよ」 「大丈夫。熊谷先生には言わないよ。あの人嫉妬の塊だよね。言ったら僕の身が危ないから、絶対に教えない。これは僕と葵君の秘密」 さっきまで泣いてたのに、ものすごく嬉しそうに島田が笑った。

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