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第106話 教科書泥棒5
(葵語り)
そうこうしていたら辺りが薄暗くなってくる。
犯人は俺たちに気付いて帰ってしまったのかもしれないと思い始めた矢先だった。
「葵君、誰か来たよ」
「えっ」
島田が囁いたので、耳という耳を研ぎ澄ませる。教室内を誰かが歩いているようだ。
こっそり教卓から顔を出した俺は、恐る恐る足音の主へ視線を送る。辺りが薄暗いのが幸いして人影は全くこっちを気にしていない。
影は俺の席の前で止まり、躊躇なく机を漁り始めた。大切なものを目の前で犯されているような、なんとも言えない嫌な気持ちになる。
俺と島田は顔を見合わせ、せーのでゆっくりと机に近付いた。
「何やってんのっ、お前誰?」
島田がドスの利いた声で問い質す。
驚いたことに全く面識のない男子生徒だった。
緑色のネクタイから一年生と分かるが、全く知らない子だ。話したこともない。
一体誰だろうか。
「それ、俺の机だけど、漁ってもいいものない。やめてくれないか」
「…………あ…………」
そいつは俺を見て何かを言いそうになるが、口をぱくぱくと動かしただけで言葉にはならず、いきなり一目散に逃げ出したのである。
「おいっ、逃げんなっ」
俺が腕を掴もうとしたらスルリと抜けられた。
弾かれたように島田と共に追いかけ、校舎の三階から一階まで一気に階段を駆け降りる。
一応サッカー部で、走るのには慣れてるはずなのに追いつけない。
階段を降りたら人影は無かった。
薄気味悪い廊下が続いているだけで、人っ子一人居ない。不覚にも見失ったようだ。どこかへ隠れてしまった。
「消えた……どっか行ったのかな?」
「教室に逃げられたら分からないよ。更に暗くなったら埒が明かない。くそー、もうちょっとだったのに」
島田が悔しそうに地団駄を踏む。
「葵君は奴の顔見た?」
「一応見たけど、島田は?」
「変態フェイスだった。絶対に忘れないから、大丈夫。頭にはしっかり記憶されてる」
「うん。顔さえ分かればなんとかなるかな」
明日、捕まえて詰問するということになり、今日は渋々帰ることになった。
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