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第115話 教科書泥棒14
(森田語り)
物心ついた時から恋愛対象は男だった。
きれいな目、きれいな髪、きれいな声、きれいな手。きれいな男の子が好きだ。
性別を問わず、きれいな子を見ているだけで心が浄化された。
高校に入学して、きれいな男の子が減ってしまい愕然とする。男の子は雄になるから残念だ。髭が生えて声変わりをする。かくなる僕も、二次性徴期の真っ只中であったが、自分はカウント外であった。
そんな折、夏休み明けにグランドでサッカーをしている伊藤先輩を見かけた。
最初は名前も知らず姿を目で追っているだけだったが、気になるのでサッカー部の奴に名前を聞いた。名は体を表すとはよく言ったもので、『葵』は先輩にぴったりだと震撼した。
線の細い体と柔らかそうな髪の毛にきれいな顔立ち。申し訳ないが、サッカーは全然似合っていなかった。白い肌が焼けるからやめればいいのにと思いながら、汗だくでボールを追いかける姿を時間が許す限り毎日教室から眺めていた。
段々伊藤先輩に近づきたいと思うようになる。一度教室まで行ったこともあるが、話しかけることは無理だった。見ているだけが精いっぱいで、身体が石のように動こうとしないのだ。
堪らなくなった僕は、放課後一人で伊藤先輩の教室に行き、彼の席へ座った。冷んやりとした机に頬をつけて、目を閉じる。
伊藤先輩の呼吸を机を通して感じてみる。ここで授業中に居眠りしたかもしれない。間接キッスだって可能ではなかろうか。
伊藤先輩……葵先輩……
興奮してきた僕は自然と勃起していた。
しかし、先輩の机でするのは神聖なる場所を汚すようで憚られた。僕は衝動的に先輩の机の中から教科書を1冊借りて、教室を後にする。
そして誰もいないトイレへ駆け込んだ。
先輩が触った教科書を僕も触って、その手で自分の昂りを触る。だけど絶対に汚してはならない。伊藤先輩と正反対の僕は、例え教科書であっても交わることが許されない。
味わったことの無い興奮と共に間もなく果てた。罪悪感が押し寄せ僕を飲み込み、なんとも言えない自己嫌悪に陥る。
僕が伊藤先輩の教科書を穢してしまった。
申し訳なくて、教科書を捨てた。
それから何度も教科書を拝借した。
教科書だけでは足りなくなって、上履きも一足借りた。上履きだけは家にある。伊藤先輩の上履きは僕の宝物だ。
あの日も同じように教科書を借りに行ったら、なんと伊藤先輩本人が出てきたのだ。
僕が会いたくて仕方なかった伊藤先輩が目の前にいて、くらくらとめまいがした。
ああ伊藤先輩、やっと僕を見てくれましたね。
彼の視界に僕が入っている。憧れの人が僕を精悍な表情で見据えている事実に、背筋が異常にぞわぞわした。
しかし、伊藤先輩が僕を追い詰めるかのように迫ってきたため、咄嗟に逃げてしまう。
校舎の階段を降りきった時は体力は限界で、必死で酸素を吸うしかできなかった。
すべてを話して謝ろうと思ったその時、誰かが僕を暗闇へ引きずり込んだ。
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