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第118話 教科書泥棒17

(葵語り) 驚いたことに、先生が言い出したのは島田の体調についてだった。昨日、パニック状態になったことが気になったんだろう。予想もしなかった自分の調子について聞かれた島田は、拍子抜けしつつも質問は淡々と答える。 「大丈夫。気にしなくて結構です。病院は1ヶ月に1回、兄ちゃんに連れてってもらってる」 「ならいいんだけど。ちゃんと睡眠はとれているか」 「寝れなかったら昼間寝るし。腫れもの扱いされるの好きじゃないんだよね。熊谷先生、言いたいことはこんなことじゃなくて、僕が葵君とキスしたことでしょ。気に入らないんじゃない?」 しびれを切らした島田が直球で言ったため、場が凍りついたかのように思われた。 「ああ、そのことは全然気にしてないから。事故みたいなものだし、葵にも経緯は聞いてる。な?」 「はぁ……はい」 先生が涼しい表情で返した。 余裕ぶっているが、昨日の驚き具合を見ていると、こんな程度で終わる訳がない。どうやら釘を指す方法を変えたらしい。島田は全く眼中に無いことを、わざわざ呼び出して伝えているのだ。大人の余裕を見せつけている。 悟った島田が悔しそうに下唇を噛んだ。 「それに……キスだけじゃない。僕だってね、葵君と、抜き合……」 だーーこれは言ってはいけないことじゃん。 先生と付き合う前に、島田からイタズラまがいのことをされたことがあったのだ。 「島田、これは今言うことじゃないから、ストップ、ストーーップ」 「ふぐぅっ…………」 「せ、先生……今日は教科書泥棒について話さなきゃ、だよね?」 その先を言われないよう口を塞いで必死に阻止する。何の自慢だよ。島田、落ち着け。 先生が不思議そうな顔をしているが、そのうちに気づかれる。知られた時に何されるかわからないのだ。俺の身が保たない。 怪しい種はすべて取り除いておかなければならないくらい、嫉妬深い恋人が怖い。 「教科書泥棒の名前は分かったか?顔を見たんだろう?」 「まだ見かけてない。探すなって言ったの先生じゃん」 「僕は見たらすぐ分かるよ。変態の顔は忘れないから。メガネでひょろっとした変態顔」 そっちに話題が逸れてほっとする。 島田も憤慨していたが、話すべきは教科書泥棒なのだ。俺達の黒歴史ではない。 「もし見つけたらすぐ俺に報告すること。まかり間違っても自分からどうするとか考えるな」 「…………はーい……」 島田がやる気のない返事をした。 「絶対だぞ。捕まえて懲らしめるとか考えるな。特に島田。お前が一番危険だ」 「分かってるって。ねぇ、昨日エッチしたでしょ。エロいね〜エロ教師。僕はすぐ分かったよ。葵君から色気がだだ漏れなんだけど」 島田が反撃と言わんばかりに得意げな顔で最後に言い放ち、目を丸くした先生がこっちを見る。知らないの意味を込めて俺は軽く首を振った。

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