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第119話 教科書泥棒18
(葵語り)
予鈴が鳴る。
島田は強がりなのか、本当なのか、先生の心配を跳ね除け、迷惑そうに自分は平気だと主張する。先生もそれ以上は詮索しなかった。
学校では俺がそばに居る。だから、何かあったら島田の力になろう。そう思えるくらい俺達の友情は固いものとなっていた。
「じゃ、熊谷センセ、またね。教科書泥棒が見つかったらイチバンに報告しますから、ご心配無く。葵君は僕が守る」
「ははは、威勢がいいな。島田がいれば安心だ」
島田が苛立ちを隠すことなく机を強く両手で叩いたので、俺の身体が跳ねるくらい驚いた。
「ふざけないで。本当に何かあったら、守れるのは僕しかいない言ってんの。教師と生徒なんて、綺麗ごとばかりじゃない。葵君に何かあったら、絶対に許さない。生徒指導の特権で、私利私欲でもいいから、何とかしてあげて」
『私利私欲』の意味が分からず、頭の中がクエスチョンマークの俺に、先生が頭をポンッと撫でた。
島田はアホそうに見えて案外賢かったりする。
「そうやるにはどうしたらいいか、考えている。誰か分かったら、厳しく指導するつもりだ。それまでは、どうか葵のことを守ってやって欲しい」
「…………そこまで考えてるなら、別にいいけど……守るけど……」
特に島田に対しては顕著に現れるのだが、先生は決して下手に出ない。それが頭を下げたのである。島田も満更じゃなさそうに溜飲を下げた。
そして、本鈴も鳴り始めたため、生徒指導室を後にする。先に出ていった島田のふわふわの髪の後を追った時だった。
「葵……」
手を引かれ、先生の腕の中へ引き寄せられる。
「せんせ……い?」
「身体は辛くないか?」
「うん……へーきだよ。ちょっと内腿が筋肉痛なくらい……」
タバコと、先生の部屋の匂いがする。
「若いのに筋肉痛になるんだな」
「だ、だって……あんな姿勢は普段取らないから、しょうがないじゃん……」
足を思いっきり拡げて、昂りを受け入れるなんてこと、先生としかしないもん。当然じゃないか。
「そばで守ってやれなくてごめん。何かあったらすぐ報告しろよ」
「そんなの自分でどうにかするよ……先生、心配しないで。島田もいるから。ほら、授業始まっちゃう」
「またな」
「うん……」
腕をほどく俺に、先生はおでこへ優しくキスを落とす。
そして、小さく手を振って別れた。
俺は、どこか油断していたのだと思う。
島田も先生もいて、心は満たされていた。
昨日、教科書泥棒は俺の姿を見た途端、一目散に逃げていった。だから、面と向かって来やしないだろう、そんな驕りがあったのだ。
放課後、いつものように部活へ向かうべく裏庭を歩いていた。島田に心配されたが、過保護も程があると振り切ってきた。それに島田もアルバイトがある。キャンセルしてまで俺に合わせてもらうような要件でもない。
寒いと思ったら、雪がチラついている。
風花が舞う冷たい風に肩を竦めた時だった。
「…………あの…………伊藤先輩ですよね?」
声を掛けられたので振り向くと、教科書泥棒が笑顔で立っていた。
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