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第120話 教科書泥棒19
(葵語り)
確かに『伊藤先輩』と呼ばれた。
振り返ると、教科書泥棒が笑顔で立っており、頭も身体もフリーズする。
間違いない。昨日、俺の机を漁っていた背が高く気味の悪い眼鏡野郎だ。
向こうから来るという暴挙を予想もしていなかったため、どう対応していいか分からなかった。
「伊藤先輩ですよね。僕、一年の森田っていいます」
丁寧に自己紹介をする辺り、底の無い気味悪さを感じた。
「………………」
「本当にごめんなさい」
森田は、いきなり頭を深々と下げた。
「僕、伊藤先輩に憧れていて……先輩の物が欲しくて教科書を借りちゃいました。捨てたりしてすみませんでした。ごめんなさい」
謝り方が潔くて呆気にとられる。
「僕のしたことは許されるとは思いません。でも、でも、あなたが好きなんです。どうか少しでいいから仲良くしてください」
思考が止まる。正直どうしていいのかわからなかった。
謝ってるし、一見悪い奴には見えないが、頭の隅で鳴る警笛を無視できなかった。礼儀正しくても、やったことは陰湿だ。
これは先生に相談しなくちゃいけないことだから、だから……今、どうするかを決めてはいけない。
「教科書はもういいから気にしないで。部活に行くからまた……」
面倒臭くなる予感がしたので、ここはスルーして、後で考えることにした。
「………あのー、僕見ちゃったんですよね」
急に小声になった森田が、顔を近づけて俺の耳元でコソっと囁く。
「昼休みに伊藤先輩が熊谷先生と抱き合ってるの。普通の教師と生徒には見えませんでした。もしかして、お二人はイケナイ仲ですか?」
見られてた……と顔から血の気が引く。それと同時に違和感を放っていた視線は森田のものだったことに愕然とした。こいつはそれを分かっていて俺に声を掛けてきている。
もう、関わるなという先生の忠告は無意味になっていた。脅迫されているのだ。
「だから何。何が言いたい訳?」
「否定も肯定もしないんですね。誰にも言いませんから、僕と仲良くしてください。ID教えてくださいよ」
「っ…………自分がやったことを棚に上げて脅すとか、卑怯だ」
「棚に上げてませんよ。どうぞ訴えていたただいても構いません。でも、その際は、熊谷先生とのことが明るみに出るかもしれません……と忠告してるんです」
「お前……最低だな」
「何とでもどうぞ」
詰めが甘い自分にも、脅迫してくる森田にも、心底イライラした。
こいつは俺達が思っているより頭がいい。断ったり逆上したら、別の方法で俺に接触してくるだろう。森田は俺と仲良くしたいだけなのか、その先に何か目的があるのか、さっぱり分からなかった。
とにかく、IDさえ教えればこの場は凌げると、渋々教えることにする。
IDを交換してから、森田のすさまじいメッセージと電話攻撃が始まった。
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