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第5話 熊谷先生との昼休み
(葵語り)
次の日から、熊谷先生とお昼ご飯を食べることになった。
本当は行くつもりはなく、無視しようかと考えていた。
熊谷先生が、自分を大切にする意味を教えてくれると言ったから知りたくなったのだ。ほんの少し、興味が湧いた。本当の意味が分かったら俺も前に進める気がする。先生にがんじがらめにされている囚われた毎日を抜け出せたらいいな。
いけないことをしている罪悪感は十分すぎるくらい自分の中にあった。
「伊藤君、今日は暑いね。半袖着ないの?」
うちわでパタパタと扇ぎながら、熊谷先生が言った。
5月も過ぎてくると、昼間は蒸し暑い。もうすぐ6月になろうとしていた。今日は特に真夏日と呼ばれる気温で、半袖を着てこればよかったと後悔していた。
「朝が肌寒かったから、長袖にしたんです。失敗しましたね。」
「そっか。俺は半袖が好きだから、明日から着てくるようにな。」
「なんのフェチですかそれ。」
「二の腕とかたまらん。伊藤君は普通の男子より華奢だから出すといいよ。」
「べっつに普通ですよ。やめてください。気持ち悪い。」
熊谷先生が俺の二の腕を服の上から撫でて、上から掴んだ。
「ほら、やっぱり細いじゃん。」
気持ち悪いよ。俺、男だし、なんにも興味ないだろうに。俺は先生が好きなだけで、ホモじゃないと思う。でも、掴まれた腕が少しじいんとして、胸がドキドキと高鳴った。
自分が長袖を着てきたことに、ほんの少し感謝した。ほんの少しだからね。
「エロオヤジ。女子ならまだしも、俺の二の腕はがっしりです。」
「まだ28歳だ。オヤジ手前だぞ。」
「高校生から見たら立派なオヤジです。」
「ははは、ひでーな。伊藤君は。言いたい放題だ。」
お弁当を食べながら、他愛のない会話を繰り返した。
熊谷先生は、ここは生徒指導室なのに窓を少し開けて煙草を吸う。
俺の冷たい目線に気付いても、悪びれもせずにふうっと煙を吐いた。
横顔がやさしかった。
そういえば、先生とはこんなふうに時間を過ごしたことがなかったと思った。
心地の良い昼休みだった。
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