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第6話 放課後①

(葵語り) その日は朝から俺の嫌いな雨だった。 熊谷先生が出張で朝から不在なので、昼ご飯はクラスメイトのハルト達と食べた。俺が熊谷先生と昼休みを過ごしていることをハルト達は何も言わないし余計な詮索もしない。 補習だと思ってるのだろうか、何事もなく彼らの輪の中にいた。 雨だから部活は自主練になるかもって話していたら、鞄にあるスマホが振動した。 手を入れてコソッと中身を見る。暗い中でディスプレイが光った。 猪俣先生からのメールだった。 『今日、会えないかな?』という内容に、一瞬ですべてのことがどうでもよくなる。 放課後、先生に会える。大好きな手で触れてもらえる。 『大丈夫です』と返信したら、 『いつもの駅に5時過ぎに迎えに行くから』とすぐ返事が来て、舞い上がるくらい嬉しい気持ちになった。 少しの間だけでも俺のことを見てほしい。 名前を呼んで、好きだよ、と嘘でもいいから言ってほしい。 『自分を大切にして欲しい。猪俣はずるい奴だから』と熊谷先生の言ってたことが頭の隅で聞こえた気がした。 ずるいのは見ないフリしている俺だから、先生は何も悪くない。悪いのは俺だ。罪悪感も、劣等感もすべて背負うから、猪俣先生に会いたいと思った。今の自分を動かす原動力のすべてだ。 「おい、葵ってば聞いてる?」 ハルトの声で、ふいに現実へ戻される。自主練は校舎の廊下でひたすらストレッチを行ったり、走り込みをやるので、サボっても構わないという暗黙の了解があった。というか、猪俣先生優先だから俺は部活へ行かない。 「ごめん、今日も部活休むわ。」 「どーせ自主練だし、葵が休むなら俺も休もうかな。」 「葵もハルトも来ないなら俺たちも休もうかな。ダルいし。」 クラスの奴の笑い声が教室に響いた。 もうすぐ、先生に会える。それだけで午後の授業は上の空になりそうだった。暗い暗い灰色の空は重い滴を沢山落とし、教室は湿気に包まれていた。 放課後、5時を少し過ぎた頃、駅前まで先生が迎えに来てくれた。ロータリーで隠れるように待っていた俺は、先生の車を見つけた途端に心臓が波打つ。誰かに見られないように、こっそりと目立たないように乗車した。 車の中で抱きつきたい衝動に駆られるが、我慢する。 だって……こういうことは先生は好きじゃないから。 その代わり、先生の手をぎゅっと握る。自分の想いを込めて、温もりを忘れないように噛みしめた。 「葵?どうした?」 俺の名前を優しく呼んでくれた声は低いトーンで心地よくお腹に響いた。 「先生に……会いたかった。」 「俺もだよ。」 鼻の奥がツンとして涙が出そうになる。 先生が隣にいて、俺のことを見ていてくれて、それだけで十分な気がした。 「どこにいこうか?お腹空いてない?」 「空いてない。先生と二人きりになれるところがいい。」 「わかった。いつもの所に行こうか。」 その時、俺の携帯がけたたましく鳴った。 おかしいな……マナーモードのままのはずだったんだけど、無視したらそのまま切れるかな。 「葵、電話だよ。」 放置していたら、間髪入れず運転をしている先生に言われた。 「出なきゃだめだよ。急ぎだったらどうするの?相手に失礼だよ。」 「………うん。」 携帯のディスプレイには『熊谷先生』と表示されていた。

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