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第1話 そのニ-
「何言ってんのよ?あんた、女もののランジェリーを着るのが好きなんでしょ?」
「え・・・」
言われて呆然としたシンイチは、アスリンに胸を軽く押されて再びソファに座り込んだ。
「じょ、冗談はよしこ―」
「冗談じゃないわ」
シンイチが見上げたアスリンの目は冷たく座っていた。
「サトミのランジェリーを着せてもらって喜んでいた事、私が知らないとでも思ってたの?」
サトミとの二人だけのあの秘密をアスリンが知っていたというまさかの事態にシンイチは顔が真っ青になった。
「あ・・・あの・・・そ、それは・・・」
「弁解なんていらないわ。何も言わなくていい。さっさとそのランジェリーに着替えなさい」
アスリンの冷たい視線が怖くてシンイチは目を下に落とした。そこにはピンクのランジェリーが転がっている。
「私も着替えてくるわ。戻ってくるまでに着替えてなかったら、あんたの恥ずかしい趣味を学校中に言いふらしてあげる」
「そ、そんな・・・」
シンイチの言葉に耳も貸さず、アスリンはリビングから出て行った。
“ど、どうしよう・・・”
もしサトミが帰ってきていれば相談できただろうが、まだ彼女が帰宅する時間では無かった。それも考えてアスリンはさっさと帰宅するようにシンイチに連絡したのだった。
シンイチはランジェリーを手にして悩んだ。さっきのアスリンの冷たい目を思えば、言われたとおりにしなかったら彼女が学校中に言いふらすというのも嘘には思えなかった。
“き、着るしか・・・”
アスリンが着替えてくるのにどれだけ時間がかかるのかわからない。迷っている時間は無いと考え、アスリンに言われたとおり、シンイチはそのランジェリーに着替えることにした。
アスリンの言ったとおりブラもパンティも伸縮性のある生地だったし、昨夜サトミのランジェリーを着させてもらった事もあって、今度も着るのにさほど時間はかからなかった。
この姿を見たアスリンは一体自分に何を言ってくるのか、何を要求してくるのか、シンイチは不安に押し潰されそうになりながら待った。
しかし、着替え終わった後、脱いだ衣類をたたんで片付けても、アスリンはまだ来なかった。
「・・・冗談・・・だったのかな・・・」
「冗談じゃないわよ」
シンイチのつぶやきにすぐにアスリンが答えた。いつのまにか、普段着姿のアスリンがリビングの入り口に立っていた。
「い、いつからそこに・・・」
シンイチは慌てて身を隠すようにアスリンに背を向けてカーペットにしゃがみこんだ。
「何隠してるのよ。こっちを向きなさいよ!この私がせっかく選んであげたのよ、似合ってるかどうか見るぐらいの権利は有って当然でしょう!」
望んでもいなかった事を勝手にして脅迫しながら理不尽な要求を押し付けた上にそんな言葉を投げつけるアスリン。しかし、今のシンイチは逆らえなかった。
恥ずかしさをこらえながら言われたとおりアスリンの方に向きなおってカーペットの上に正座するシンイチ。顔は恥ずかしさに火照って、目を閉じて背けるしかなかった。
「ふん、女顔してるだけあって女物の下着もよく似合っているじゃない」
「そ、そんな事言わないでよ・・・」
「サトミの下着とどっちが気持ちいいの?」
「き、気持ちいいなんて・・・」
「何よ、サトミの下着をつけて興奮してたんでしょうが!それとも、私の下着なんか気持ち悪くて興奮できないって言うの!?」
「ち、違うよ・・・」
「じゃあ、興奮してるって言うの!?この変態!」
男の子だって、メンタルな部分で興奮しないことだってある。サトミの時は前から好意を持っていた相手であり、優しくしてくれた事もあって興奮してしまうのも当然だった。しかし、アスリンは冷たい視線と態度でシンイチの意思など無視して理不尽な要求をしているのだし、興奮しろと言っても無理であった。
「ふん、サトミにばっかり可愛がられて・・・昨日もサトミにしてもらったんでしょ、だったら今ここで自分でオナニーしてみせなさいよ!ここで見ててあげるから」
「そ、そんな事言われても・・・」
「できないって言うのならそれでもいいわ。明日になったらあんたが女装して興奮する変態だって学校中に知れ渡る事になるんだから」
「や、やめてよ、そんな事・・・」
「やめてほしかったら私の言う事に従うのね。今日からシンイチは私のペット。私の事は御主人様って呼ぶのよ。いいわね!」
「は、はい・・・」
「じゃあ、さっそくだけど、あんたのオナニーを見せてもらおうかしら」
“た・・・助けて、サトミさん・・・”
シンイチはここにサトミが帰ってきてアスリンの理不尽をやめさせてくれる事を願った。だが、サトミの姿を思い浮かべた途端、一気に昨夜の秘め事の記憶が脳裏に甦った。サトミの優しい愛撫でめくるめく官能に包まれて白濁液を彼女のパンティの中に迸らせてしまった事を。それ故、シンイチがパンティの前を突っ張らせてテントを張ってしまったのも若さ故の過ちでは片付けられないものだった。
“げ・・・勃起した・・・シンイチって本当に女装フェチの変態だったんだ・・・”
やはり、シンイチに対して歪んだ感情を持つアスリンでは、男のコの心理など理解できる筈も無かった。
「・・・で、どうするの?まさか勃起することがオナニーですとかふざけた事言うんじゃないわよね?」
勿論、そんな事をシンイチは言うつもりも無かった。それに勃起してしまった以上、自然にそのまま何もせずに待っていれば興奮が収まるほどシンイチは老成してはいなかった。もうこうなっては自慰によって興奮を鎮めるしかないのがこの年頃の男のコの性(さが)なのだ。
ピンクのパンティの上からそっと自分のモノを掴んだシンイチは、そのまま撫で擦った。
「・・・んくぅ・・・」
本来なら直接に触れたほうがより悦びも大きいのだが、今はパンティの上からでやりたかった。
目を閉じて自慰にふけるシンイチの脳裏では自分の前にいるのはアスリンではなくサトミで、彼女から甘い声で『オナニー、してみせて。』と囁かれた自分は身も心も彼女に捧げたい気分になってしまって、恥ずかしいのを我慢して自慰を見せている設定になっていたのだ。
“・・・す、すごい・・・これが、男のコのオナニー・・・”
ランジェリーで女装してはいるが、中世的な美少年のオナニーショーが自分の目の前で本当に行なわれていて、アスリンも何だか妖しい気分になった。日本よりも性の解放が進んでいるアメリカで育った分、アスリンは日本のクラスメートの女子よりは早熟で性の目覚めも早かった。男性器についても通常状態から勃起状態まで、子供のものから大人のものまで、好奇心のままに写真や画像を探し出しては何回も目にした事はある。しかし、それでも女装美少年のこんな痴態を見るのは初めてだった。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
シンイチの切ない喘ぎ声を聞き漏らすまいと集中しているアスリンは、自分自身も微かに興奮した切ない吐息を漏らしている事に気付いていなかった。
『いいわ・・・シンちゃん・・・もっと強くしてみて・・・声も我慢しないでいいのよ・・・』
シンイチの脳裏で自らもランジェリー姿になったサトミがもっと激しい自慰を要求してきて、シンイチはそれに応えるように手の動きを早めた。既にパンティに張られたテントの頂点にはその中のペニスの先端からにじみ出た恥ずかしい滴で染みができていた。
“あ・・・男のコも・・・濡れるんだ・・・”
アスリンだっていくらでもオナニーの経験はある。そしてその結果、己の身体の奥から滲み出た恥ずかしい滴でパンティを濡らしてしまった事も経験済みだ。が、目の前で繰り広げられている、ショタコン女垂涎必死の美少年オナニーショーにアスリンもとうとう自分の秘芯の奥が熱く疼くのを感じ始めていた。
“・・・これが・・・サトミが見たくて見たくて溜まらなかった光景・・・”
だが、シンイチを自分のペットにしてしまえば、この光景を自分だけのものにできる。そうすれば、サトミにこの光景をいつでも見せてあげられるという事で、彼女の心が自分だけを包み込んでくれるようにできるかもしれない。そんな事を夢想した矢先。
「・・・サ、サトミさん・・・もう、私・・・エッチなミルク・・・出ちゃいそうです・・・」
シンイチが脳裏に描く愛しい女性に思わずはしたない告白をしてしまった瞬間、アスリンは情欲による興奮が一気に醒めてしまった。
“こ、こいつ・・・妄想の中でサトミに甘えてやがる!”
せっかく女装美少年がオナニーショーをしているというのに、アスリンの心は萌えるどころか氷柱のように冷たく尖ってしまった。
『いいのよ、シンちゃん・・・見ててあげるわ・・・思いっきり出してごらんなさい・・・』
「はぁ・・・はぁ・・・サ、サトミさん、私、イッちゃうよぉ~」
「じゃあ、さっさと出しなさいよ、この変態!」
アスリンはピンクのパンティの上からシンイチのペニスを踏みつけた。
「あううぅぅっっ!!」
正にタイミングが奇跡的に合っていたとしか言いようが無かった。既に発射体制に入っていたシンイチのペニスは最後の刺激で射精するという状態だった。その最後の刺激がシンイチ自身ではなく、アスカの足裏で踏みつけられた事による衝撃で加えられ、シンイチは射精したのだ。
「う、嘘・・・あんた、足で踏まれてオルガ感じたワケ?・・・どこまで変態なのよっ!」
アスリンは足を上げずにそのままシンイチのペニスをパンティの上から踏みにじった。
「い、痛いっ!や、やめてっ!」
「何よ、踏まれてオルガ感じたんでしょうが。だったらもっとやってやるから感じなさいよっ!」
「い、痛いってば!お願いだから、やめてよアスリン~」
「アスリンですって?誰が名前で呼んでいいって言ったのよ!あんたは私のペットなんだから、ご主人様でしょうが!」
と、アスリンは自分の足指に何やら湿った感触があるのに気付いた。それは、パンティの上から滲み出たシンイチの精液が付着したことによるものだった。
「な、何よこれぇ~っ!?よくも変なネバネバ出して私の指を汚してくれたわね!罰として舐めてきれいにしなさい!」
アスリンはシンイチの口先に足の先端を突きつけた。
「や、やだよ・・・もう、許してよ・・・」
「ペットの分際で逆らう気っ!?」
アスリンはシンイチをカーペットの上に押し倒し、無理矢理に足先をシンイチの口に突き入れようとした。
「た、助けて!助けて、サトミさあぁーーんっ!!」
「な、何っ!?どうしたの、シンイチくんっ!?」
シンイチがサトミの名を呼んで助けを乞うた直後、サトミの応えの声がした。
ちょうど帰宅して玄関に入った瞬間、シンイチが自分に助けを乞う声が聞こえ、サトミは脱いだヒールもそのままに慌てて声が聞こえてきたリビングに駆け込んだ。そして、衝撃の情景を見てしまったのである。
「ちょ、ちょっと、何?何してるの、あなた達・・・」
だが、事も無げにアスリンは言い放った。
「サトミには関係ないわ。ペットを躾けようとしているだけよ」
しかし、アスリンが下着女装姿のシンイチを足蹴にしているその様はどう見ても尋常ではない。
「アスリン、やめなさい」
「何でよ?」
「何でじゃないでしょう!シンイチくん、嫌がってるじゃないの!」
「勘違いしないで、サトミ。こいつ、嫌がってるんじゃなくて、喜んでいるのよ」
「ち、違うよ・・・」
「何で嘘ついてるのよ!あんた、足で踏まれてオルガ感じたんでしょうが!それで私の足の指を汚いネバネバで汚して、とんでもない変態よ、こいつ!」
「ち、違うってば・・・助けて、サトミさん・・・」
「アスリン、とにかくどきなさい。話はそれからよ」
「・・・ちっ」
アスリンは舌打ちしてシンイチの上から足をどけた。しかし、すぐに足の先がシンイチのザーメンで濡れたニーソックスを脱いでシンイチの顔に投げつけた。
「アスリン!どうしてそんな酷い事するの!?シンイチくんがあなたに何をしたって言うのよ!?」
「何をしたかですって?サトミも知ってるくせに!こいつは転校初日の私を笑い物にしたのよ!それに漢字が不慣れな私をあざ笑うかのように頭の良さを見せ付けて私のプライドを傷付けた!もう、存在自体がムカツクのよ!こんなやつ、出て行って貰いたいわ!」
だが、そのアスリンの言葉はただ単に彼女の一方的な私怨に他ならなかった。
「アスリン・・・聡明な貴女がそんな事言うなんて・・・一体どうしちゃったの?」
サトミはシンイチの身体を抱き起こすと怪訝な表情でアスリンを見上げて訊いた。
「何よ・・・サトミは私のお姉さんだった筈でしょ・・・」
「それはそうだけど」
「じゃあ、なんでそいつばっかり優しくするのよ!」
「ちょっと待って、アスリン。私はシンイチくんだけえこ贔屓したつもりは全くないわ。何をどう勘違いしたのかわからないけど、アスリンがシンイチくんをいじめていい理由なんて無いわ」
「だから違うって言ってるでしょ。これはいじめているんじゃなくて、躾けなの」
「アスリン、いい加減にしなさい。躾けってどういう意味かしら?いつからシンイチくんは貴女のペットになったのよ!?」
「私より先にシンイチをペットにしたのはサトミの方じゃない!」
「な・・・何ですって・・・」
「昨日の夜遅く、自分の部屋にシンイチを連れ込んで何をしていたのかしら?さっき、こいつは妄想の中でサトミに甘えながらオナニーしていたのよ」
アスリンに今言われてサトミは部屋の中にほんのり漂う栗の花のような匂いに気付いた。
「シンイチくん・・・?」
サトミの声にシンイチは顔を背けた。それは、純粋に恥ずかしかったからに他ならない。だが、サトミは勘違いした。シンイチが自分から顔を背けたのは、何か心に疚しいところがあるからではないかと思ったのだ。
「こいつに下着女装させてオナニーまで手伝っていたのはどこのどちら様だったかしら?」
「ア、アスリン・・・何でそれを知って・・・」
サトミはシンイチが顔を背けた理由に気付いた。それは、二人だけの秘密だと約束したのに、それを守らなかったから自分に合わせる顔が無かったから、という事だった。勿論、思いっきり勘違いである。
サトミはぱっとシンイチの身体を突き放すように立ち上がった。
「シンイチくん・・・貴方、あれほど二人だけの約束だと誓ったのに、約束を守らなかったのね!」
「ち、違うよ・・・」
「嘘つくんじゃないわ!貴方が話さなければ、どうしてアスリンが知ってるのよ!」
そう、なぜアスリンが二人の秘め事を知っているのか、二人ともまだ知らなかった。だからこそ、二人だけの秘密を暴露される事が脳裏をよぎり、気が動転してしまい、冷静に考えられなかった。二人が秘密を漏らさなければ、アスリンはどうにかして二人のあの行為を知りえた・・・おそらく、部屋の外で耳を澄まして聞いていたのではないか?という事ぐらい、簡単に推測できただろう。
サトミはアスリンに秘密―――教え子に性的イタズラをしたという事―――を知られてしまい、それをシンイチが秘密を漏らしたせいだと思い込み、シンイチに冷たい態度を見せ始めた。だが、それは実のところ自分の教師としての地位・立場が大事だから本心では保身に走った、と見て取れた。実際、さっきまでシンイチをかばうような姿勢だったのに今は自分と同じく冷たい視線で見下ろすというサトミの変化にアスリンさえ驚きを隠せなかった。しかし。
“ちゃあぁ~んす”
この絶好の機会を見逃さず、灰色の脳細胞をフル回転させたアスリンは追撃をかけた。
「サトミの下着、何枚か無くなっているの、気付いてた?こいつがオナニーの小道具に使っていたのよ」
勿論、口からでまかせだった。しかし、冷静さを失っていたサトミは引っ掛かった。
「・・・知らなかったわ・・・なんて事かしら・・・シンイチくんがそんな悪いコだったなんて・・・」
シンイチは正座してうつむいたままだった。助けに来てくれた筈のサトミがアスリンと同じくまさか自分をいじめる側に回るとは思いもしなかった。
「サトミ、どうするの、コイツ・・・」
「そうねぇ・・・やっぱり悪いコにはオシオキが必要ね」
「え?何なに、オシオキって?」
「罰を与える事よ」
サトミはシンイチの傍に座った。
「シンイチくん、向こうを向いて両手を下に着いて、お尻を上げなさい」
「え・・・」
「早くなさい!」
「は、はい・・・」
シンイチはサトミに言われたとおりの姿勢になった。サトミは膝行してシンイチの横に座りなおす。アスリンはサトミがシンイチにどんな事をするのか興味津々で見ている。
「古今東西、悪い事をした子供のお仕置きはお尻叩きの刑と相場が決まってるわ!」
サトミはピンクのパンティに包まれたシンイチのお尻に平手を振り下ろした。
「痛いっ!」
「痛くて当然よ。痛くないと罰にならないでしょ!」
さらにサトミは続けて二発叩いた。
「ヒッ!くぅっ!」
“ま、まあ・・・シンちゃんたら、女のコみたいな悲鳴上げちゃって・・・”
サトミのサディスティックな部分に火がついたのか、さらに手は何度も振り下ろされた。
「ああっ・・・イタイッ・・・ごめんなさいっ・・・許して、サトミさんっ・・・」
叩かれる度にシンイチは悲鳴をあげ、ついには痛みに両腕で身体を支えきれなくなり、サトミの膝の上に身体を乗せるように崩れ降ちた。
「ちょっと、シンイチ、何ヘタレてんの?あんた、罰を受けてるって事を忘れてるでしょう!」
アスリンは近寄るとシンイチのお尻に踵落としをした。
「ぐっ!」
「ちょっと、アスリン」
「叩き続けて疲れたでしょ?私が代わるからサトミはこいつを抑えていて」
「ああ、そう言う事ね」
アスリンは言うが早いかすぐにシンイチを挟んでサトミと反対側に座ると、平手をシンイチのお尻に振り下ろした。
「痛いっ!お願いだからもうやめてよ~」
「何よ、サトミの時とは態度が違うじゃないのよ!このあたしに酷い事したくせに反省の色が無いわね!」
アスリンもまた二発続けて叩いた。
「ひいっ!クゥッ!」
「何よ、男のくせに女のランジェリー着けて、それで勃起して射精して、お尻叩かれてまだ女みたいな悲鳴を上げるワケ!?この変態!」
パシン!パチン!バシン!バチン!
アスリンにもサディスティックな性癖があったのか、シンイチの女々しい悲鳴を聞いた彼女はさらに嗜虐欲が高まり、お尻を叩く音もだんだん大きくなっていった。
「変態!変態!変態!変態!」
口汚く罵りながら手を振り下ろすアスリンにシンイチは悲鳴を上げて許しを乞う。
「痛い!やめてっ!許して、アスリン!」
「御主人様でしょうが、このバカ犬っ!!」
「ちょ、ちょっと、アスリン!ストップ、ストーップ!!」
サディスティックな笑みを見せながらシンイチのお尻を叩くアスリンの様子に危険なものを感じたサトミは大声を出して制止した。
「はぁ、はぁ、何よサトミ・・・また交代するの?」
「いいえ・・・もうこれぐらいにしておきましょう。シンイチくんも十分身に沁みたようだし・・・」
シンイチは嗚咽を漏らしながら泣いていた。
「わかったわ。サトミがそう言うなら私も終わりにする」
アスリンは転校してきてから今までのシンイチに対する一方的な恨みが晴れたのか、サトミにニッコリ笑って自室へ引き上げていった。
「シンイチくんも、着替えてきなさい」
さんざん叩かれたお尻がじんじんしているせいか、シンイチはよろめきながら立ち上がった。
「晩御飯は今日は私が作るから」
だが、シンイチは綺麗にたたんだ自分の服を手にすると無言で自室に戻っていった。
そのシンイチの背中がひどく悲しそうに見えたサトミは内心、焦りだした。
“や・・・やり過ぎたかしら?いくら罰とは言え、これは体罰そのものだし・・・しかも一回ならまだしも、何回も叩いてしまったのは・・・”
シンイチの性格からして、破れかぶれになって全てを夕月校長に訴え出るなんて事は考えられないが、何かしらのフォローをしないでこのままシンイチの保護者を務められるのか、サトミは自信が無かった。
気まずい夕食の後、一番最後のお風呂に入っている時にサトミは電話を掛けた。相手は同僚の赤城イツコ。物理・化学・生物・数学・英語・歴史・地理何でもござれの天才だが、何故か今は保健教諭をメインにしている。その理由を聞いてサトミは開いた口が塞がらなかったがその話は後に置いておく。
いつもなら三回くらいですぐに応答に出るのに、何故か今日はなかなか出ない。とっくに帰宅している時間の筈である。
“・・・掛けなおすか”
そう思って切ろうとした時、ようやく先方が応答した。
「はい、赤城です」
「私、サトミよ。もしかして今帰ってきたの?」
「いいえ、普通どおりに帰宅したわ。ただ、ちょっとあのコと取り込み中だったものでね」
と、イツコの声が遠ざかったかのように少し小さくなり、かわりに別の誰かの声が小さく聞こえ漏れてきた。
「・・・ああ・・・お姉様・・・イジワルしないで・・・もっと、サヤをいじめて下さい・・・」
その途端、サトミは少々ゲンナリとした。
「イツコ・・・あんた、彼女とまだそんな関係続けてるの?」
「ええ。高校時代からサヤは私の大事な妹、可愛いペットだもの。どちらかが飽きるまでは続けるつもりよ」
サヤとは、実はサトミやイツコと同じく練芙学園で物理・化学を担当している井吹サヤの事で、サトミやイツコよりも2歳年下だ。イツコが言ったとおりサヤは彼女の高校時代の後輩で、どういう理由があったかは不明だが既に百合少女だった。で、同じ化学実験部の先輩であるイツコに非常に強い憧れを持っていたらしい。対するイツコもまんざらではなかったようで、高校を卒業すると同時にサヤを毒牙に掛けて百合の妹にすると、それから関係を深めていって大学卒業時にはSMのペットにしてしまった。
「大学で最も優秀なイツコが私なんかにいろいろ親切にしてくれたのは嬉しかったけど、あんたの性癖を知ったら流石に引いたわよ」
「まあ、新しい世界を知るには歳を取りすぎていたと言う事ね」
「うっさい!私はあんたより半年若いんだからね」
「つまり、私より半年コドモなのね」
こんなやり取りをできるのも、二人が親友と呼べる間柄に他ならない訳で、それ故サトミは時々イツコに相談に乗ってもらっているのだ。
「ったく、あー言えばこー言うヤツね・・・」
「はいはい。あー、ちょっと待ってね、サヤを躾けてくるから」
話してる間にもイツコの背後からサヤの悩ましいねだり声が時々聞こえてきていた。
「サトミが聞いているのに恥ずかしいコね!そんなに入れて欲しいのなら、このバイブで我慢しておきなさい!」
イツコの声が聞こえてきて、一体どーいうプレイをしているのか、何となくサトミは想像してみた。おそらくベッドにサヤの四肢を縛りつけ、ディルドかバイブでいたぶっていたのだろう。と、秘所にバイブを入れられてさらに悩ましい喘ぎ声を上げるかと思われたサヤの声は何故か聞こえなくなった。
「・・・お待たせ」
「ちょっと、彼女の声が聞こえなくなったけど、危険な事はしていないでしょうね?」
「大丈夫よ、バイブをアヌスに突っ込んで、猿轡しただけだから」
「え?ヴァギナじゃなくてアヌスに?」
「そうよ」
「だ、だって、そんな所に入れたって、気持ちいい筈が無い・・・」
「躾け、って言ったでしょ?快楽を感じるヴァギナじゃなくてアヌスに入れると言う事は、すぐ傍に自分に快楽を与えてくれる道具があるのにそれが全然快楽を与えてくれず、もどかしくてせつない気持ちで一杯になるわけよ。でも、それをずーっと我慢できたら、後でアヌスからヴァギナにバイブが移ってきて無上の快楽を得られることになるわ。それをサヤに覚えてもらわないとね」
同性に対して如何に性欲を人質にして屈服させるか、そのためにどうやらイツコは飽くなき追求を続けているらしい。
「・・・何だか、頭が痛くなりそう・・・」
「ふふ、サトミには理解できないかもしれないわね。ところで、用件をまだ伺ってなかったけど、何かしら?」
「うん・・・シンイチくんとアスリンの事なんだけど・・・」
サトミは何があったかを掻い摘んでイツコに説明した。その説明で、イツコはなぜアスリンが秘密を知ったのか、その本当の理由に未だサトミが気づいてない事に気づいた。
“しかし、そのアスリンってコ、かなり歪んでいるわね・・・”
その理由については、今の段階ではイツコにも窺い知れない。
「・・・で、どうしたらいいと思う?」
「サトミはどう考えてるの?」
「ええと・・・叩き過ぎた事はシンイチくんに謝ろうと思う。で、アスリンにも何とか説明してあまりひどい事をしないように・・・」
「そうね、シンイチくんに素直に謝るのはいいと思うわ。そうすれば、信頼を取り戻せる。なんなら、お詫びにシンイチくんをもっと可愛がってあげたりするといいかもね」
「ちょっと、イツコ。私は真面目に話してるのよ」
「わかってるわ。でもあなたがショタコンで女装美少年好きであるのも事実でしょ?だったらそのままシンイチくんに自分の全てをさらけ出してみなさいな。私が推察するに、シンイチくんにはたぶん女装マゾの素質があるわ。お互いの性癖を理解し合ったら必ずいい関係になれるわ、私とサヤのようにね」
練芙学園の保健教諭であるイツコはいろんな生徒からの相談も受ける事もあり、心理学にも精通しているが故に的確な助言を与えるので信頼されている。その事実を知っているサトミは何となくイツコの考えを受け入れる事にした。
「そうね・・・やっぱり、教育は体当たりでいくのが王道だし・・・わかったわ。相談に乗ってくれて有難う、イツコ」
「どういたしまして。あ、そうだ、何だったら私も明日そっちに行って手伝おうか?」
「い、いやいやいや、そこまではしてもらわなくても・・・私一人で何とかやってみるから」
「あら、私が言っているのは劇の稽古の事よ。何を慌てているのかしら?」
「あ、あんたね~。・・・まあ、それも考えとくわ。じゃあね、おやすみなさい」
最後の冗談にサトミが少しこめかみをひくつかせたのもイツコはお見通しであった。
しかし、サドでMADなイツコが劇の稽古について言及したのは、実はまた何か別の思惑があったからだった。
翌日の朝食当番がシンイチだったから、朝食をアスリンは食べずに学校へ向かった。「こんな変態が作った料理食べるくらいなら死んだ方がマシよ!」と捨てゼリフを残して。しかし、シンイチは何も言い返せなかった。下手にアスリンに逆らったら、学校でとんでもない事を言い触らされるかもしれないからだ。
アスリンが出てから少しして、二人して無言の朝食を取っているさ中、サトミはぽつりと切り出した。
「シンイチくん・・・ごめんなさい、昨日は私もどうかしてたわ」
「そんな、サトミさん・・・悪いのは僕です・・・僕が変な感じになってしまったから・・・」
「いえ、その事ではないの。私が謝らなければならないのは、あなたを叩いてしまった事よ。何を理由にしたって体罰は体罰、教師として許される事ではないわ」
あの時、アスリンが言った事を鵜呑みにしてしまったが、後になって冷静に考えてみれば自分の下着が無くなったという事実はなかった。
「ホント、教師失格だわ。シンイチくんに説教する資格なんてこれっぽっちも無い」
「サトミさん・・・もう、いいんです」
「自分で自分が嫌になってくるわ!」
「サトミさん、もうそれ以上言わないで下さい!」
シンイチは思わずテーブルの上で震えるサトミの手の上に自分の手を重ねた。
「シンイチくん・・・」
「元はと言えば、僕が・・・」
その先は恥ずかしくて言葉にできなかった。サトミの下着を身に着けて興奮してしまったという事を。
「いいえ・・・シンイチくんは何も悪くないの・・・あの夜も言ったように私はショタコンだし、シンイチくんを女装させて喜ぶ変態だもの・・・」
「でも、僕は・・・サトミさんが望むのなら・・・どんな事でも・・・」
自分が女装趣味とは思ってはいないが、サトミのランジェリーで女装して興奮してしまったのは事実。でも、それはそのランジェリーがサトミのものだからという理由が一番影響している。だからシンイチは自分の憧れの女性であるサトミが望むのなら、どんなに恥ずかしくても女装を受け入れてもいいと思っていた。
「シンイチくん・・・本当に・・・ありがとう・・・」
シンイチへのサトミの謝罪からもう一度お互いの気持ちを確かめ合った二人。だが、心配なのはアスリンがとんでもない事を学校で言い出すかもしれないという事だった。
「アスリンには、後で私から腹を割ってちゃんと話し合っておくから、シンイチくんはあまり心配しないで。ただ、徒に刺激しちゃダメよ」
家を出る前にサトミにそう言われて、シンイチは当たり障りのない応対をしようと考えていたのだが、アスリンはシンイチに一言も口をきかなかった。
放課後になって、何事もなかったと少々ほっとしながら帰路についたシンイチに不安の種が投げつけられたのは、ケータイにアスリンからのメールが届いた時だった。
<今日も寄り道しないですぐに家に帰って、劇の稽古の準備をしておきなさい>
“劇の稽古って・・・”
劇の稽古とは、本当にその言葉通りの意味しかないのか、それともまたアスリンが何か意地悪なことを企んでいるのか、わからなかった・・・。
リビングでソファに座ってシンイチは劇の台本を読んでいた。とにかく、まずは台詞を覚えなければ劇はできない。
「ふん、ちゃんと自分のやるべき事はわかっているようね」
いつのまにか帰ってきたアスリンはそう言いながらいきなりシンイチに紙袋を放った。反射的にシンイチはビクッと慄いた。昨日はアスカが自分を辱める為だけにランジェリーを買ってきたからだ。
「私も着替えてくるから、あんたもさっさとそれに着替えて」
紙袋の中には質素な感じの白いコットンのワンピース、ジュニア用ブラ、そしてそれとセットのパンティの三点セットが入っていた。
「な、何だよこれ?」
「何だよ?じゃないでしょうが。せっかくあんたの為に買ってきたのよ」
「そ、そんな・・・もう、僕を苛めないでよ・・・」
「何言ってるの?あんたはシンデレラ役でしょ。だったら、ちゃんと女の子の衣装を着て雰囲気を出しながらやんなきゃいけないでしょうが!私も王子役だからこれから男の子の衣装に着替えるんだから」
呆気に取られるシンイチをそのままにしてアスリンはリビングを出て行った。
“サトミさん・・・まだアスリンにちゃんと話してくれてないのかな・・・”
昨夜のサトミの豹変――まあ、それもアスリンの嘘に騙されて焚き付けられただけだったが――を思い出したシンイチは不安になった。また、アスリンを怒らせたら酷い辱めを受けさせられるかもしれない。そう思ったシンイチはアスリンの買ってきた衣装を手にするとすぐに自室に戻ってそれに着替えた。
女の子姿になったシンイチがリビングに戻ると、既に開襟シャツにジーンズという男の子姿になったアスリンが待っていた。だが、美しい栗色のツインテールはそのままなのが少々中途半端だった。
「あら、ちゃんと着替えてきたのね。感心カンシン」
ソファから立ち上がったアスリンは真っ直ぐシンイチに近づいてくると、いきなりワンピースの裾を捲り上げようとした。
「わっ、やめてよっ!」
シンイチは慌てて手で押さえて防御した。
「いいじゃん、ちょっとぐらい。減るもんじゃ無し~」
「よくないよ!なんでそんな意地悪するのさっ!?」
「んーと、男子って女子のスカートめくりとかするんでしょ?」
そんな事して喜ぶのは小学生ぐらいで、高校生にもなってそんな事したら停学沙汰になる。
「まあ、スカートめくり、っていうのは冗談だけど。うん、反応はちゃんと女の子していたからOKね」
アスリンはスカートから手を放すと、テーブルの上においていた劇の台本を取った。
「それじゃあ、サトミ達が帰ってくるまで二人で練習するわよ」
アスリンのシンイチへの態度は朝の剣呑な雰囲気とはまるで異なっていた。あの事件が起きる前と同じ雰囲気だとシンイチには感じられた。
「・・・何?」
自分を不思議そうな目で見ているそのシンイチの視線に逆にアスリンは訝しんだ。
「いや・・・その・・・」
「何よ?気持ち悪いわね、はっきり言いなさいよ」
「・・・あのさ・・・今日、サトミさんと・・・何か・・・」
「ああ、その事?わかってるわ、ちゃんとサトミから話は聞いてるから」
朝、約束したとおりサトミはアスリンにちゃんと話してくれたようだ、と思ってシンイチがほっとしたのも束の間だった。
「あんたには女装趣味があるって事でしょ?」
「えっ?」
「・・・まあ、最初は驚いたし、気持ち悪いって思ったけどさ・・・でも、世の中は千差万別・・・あれ?多種多様だっけ?まあとにかく、いろんな性癖を持つのが普通だし、それが特殊だからって嫌ったり差別しちゃあいけないものね」
日本に来る前にアスリンがいた国は、日本よりもずっと性の解放が進んでいて、同性愛者に対する差別も不当なものだという認識が常識ではあった。
「で、サトミは女装ショタ嗜好で、いろいろあってとうとうサトミがあんたに手を出してしまった、という事でしょ。だからさ、私もあんたの女装趣味は理解する事にしたわ。そんな訳で、劇の稽古の一環として、あんたは学校から帰ったらずっと女装してていいから」
何となく、アスリンは半分は正しく認識して半分は誤解しているようにシンイチには思えたが、取りあえず劇が終わってから誤解を解けばいいだろうと思い直した。
だが、実際はアスリンは誤解など全くしていなかった。シンイチの女装趣味が本当か嘘かはどうでもよく、今それが当然の事として行われている状況が自分の目的に合致しているから理解したと言っているだけだったのだ。
そうこうしている間に、玄関から帰宅の声が聞こえてきた。
「たっだいま~」
「お邪魔します」
最初の声は勿論サトミ。ではもう一つの声はと言うと。
「えっ?あ、赤城先生が何でここに!?」
「サヤもいるわよ」
イツコから言われてその背後からサヤが顔を出した。
「ど、どうして・・・」
アスリンとサトミだけでなく、イツコとサヤにまで自分の女装姿を見られてしまったシンイチは思わず狼狽えた。
「猪狩くん、文化祭の劇でシンデレラを演じるんでしょ?今更というか、女装姿を見られるのに抵抗感があったらまずいんじゃないかしら?」
確かにサヤの言う事も至極当然だった。
「と言う訳で、私達も猪狩くんの女装姿を鑑賞しつつ、劇の稽古のお手伝いをしに来たのよ」
イツコのちょっとしたジョーク交じりの訪問理由の説明にシンイチは不意に何だか恥ずかしくなって顔を赤らめて、無意識に両手で頬を覆った。
「あら、いいわね、その仕種。女のコっぽいわよ」
「そ、そうですか・・・」
で、イツコとサヤはそれぞれ意地悪な継母と姉という役割となった。サヤは姉としては実際の年齢は離れているものの、童顔なので問題無し。アスリンは王子役だが、この場面では意地悪な二人の姉の下の方。サトミはナレーターと魔法使いのおばあさん役となった。ナレーターはともかく、もう一つの方は演じるのにぶつくさ言っていたが。
時間は過ぎて夕食刻。せっかく来てくれたのでイツコとサヤも御相伴に預かる事にした。
シンイチがさっきまでの純白のワンピースの上に可愛いフリルのついたエプロン(こんな事もあろうかと?サトミが準備していた)を点けて台所に立って調理をしている間、三人はリビングで寛いでいた。
「障子の桟を指で触って、何ですこの埃は!とかやってみようかと思ったけど、全然無理ね」
イツコは昔のドラマであったような姑の嫁イビリみたいな事をやってみようかと考えていたのだが、家事万能のシンイチに付込む隙は無かった。
「まさに適役って感じですね」
実際、アスリンとサトミは家事については無能と言ってよく、仕方ないからシンイチがおさんどんしているのだが、それを聞かされたサヤにはその事態から考えればまさにシンイチはシンデレラを演じるに相応しいと感じられた。
「でも、これではサヤの息抜きにはならないわね・・・」
いつもはサヤはイツコにイジメられているので―――もっともサヤの方はそれを喜んで受け入れているのも確かだが―――偶にはイジメる側に回れば息抜きになるのではないか、と考えていたのだ。
「まあまあ、お楽しみはまた今度と言う事で」
「明日ね」
「何かドキドキします」
「今夜は眠れないかも?」
四人の女は何やら悪企みをするかのように小声でヒソヒソ話していたが、TVの歌番組の音量にかき消されてシンイチの耳には届かなかった・・・。
時間を遡ってその日のお昼休み。サトミが使用予定の無い視聴覚室で待っていると、メールで伝えていたとおりアスリンがきた。
「・・・何よ、話って・・・」
アスリンはサトミの傍に歩み寄ったものの、視線を合わせようとはしなかった。昨夜の事件でアスリンが実しやかな讒言でサトミを騙してシンイチを陥れた事にサトミ自身も気づいているだろうと思い、彼女の眼を見る事はできなかったのだ。
「シンイチくんの事だけど・・・」
「アイツの話なんか聞きたくない」
「そう・・・では、最初に貴女に謝るわ。ごめんなさい、アスリン」
アスリンにとっては、予想外のサトミの言葉だった。
「何で・・・何でサトミが謝るの?悪いのはアイツでしょ!?」
「私のした事で、アスリンの心を傷つけてしまったからよ」
サトミが自分に何をしたのか?アスリンには何も心当たりが思い浮かばない。
「知ってるんでしょ?私とシンイチくんが何をしていたのか・・・」
その現場を目にしてはいないが、聞こえてきた声で何をしていたのかはアスリンは判ってしまった。
「私がショタコンで、シンイチくんにいつか女装させたいと思っていた事はアスリンも知っていたよね?あの夜、私は自分の欲望を抑えきれず、シンイチくんに手を出してしまった。きっと、アスリンは私が裏切ったと思ったんでしょう?」
「・・・そうよ・・・私はサトミが好きだった・・・本当のお姉さんみたいに思っていたわ。だから、日本に行く事になった時、サトミを頼る事にしたのよ」
「そう言ってくれて嬉しいわ・・・でも、私の本当の性癖を知った今でも私の事、好き?」
サトミの性癖・・・それは女装美少年好きのショタコンである事。アメリカにいた時もサトミの周囲には男っ気一つ無かったが、その時のアスリンにサトミの秘めた性癖を洞察する事など無理な話だった。
「そんな事・・・私は全然気にしないわ!サトミが私の事をいつも見てくれるのなら・・・」
「有難う・・・私もアスリンの事、大好きよ」
サトミはそっとアスリンの肩を抱いた。アメリカにいた時も、サトミはそうやっていつもアスリンの心を落ち着かせてくれた。その事を思い出し、アスリンの表情は柔らいだ。
僅かな時間ではあったが、二人の間にできていた溝はこうして無事に埋まった。
「それで・・・シンイチの話って?」
サトミと和解して落ち着いたアスリンは先ほどサトミが話そうとしていた先を促した。
「うん・・・人は誰もが皆違う・・・趣味・嗜好、そして性癖・・・私と同じように、シンイチくんにもどうやらあまり人には言えない性癖があるようなの」
「どんな?」
「どうやらあのコ、女装趣味があるみたい」
イツコは女装マゾと言ったが、女装はともかくマゾとまでインパクトの強い言葉は流石に使えなかった。
「えっ?まさか、本当だったの?」
あの夜の事をアスリンは鮮明に脳裏に思い浮かび上がらせていた。女性のランジェリーを身に着けて興奮し、パンティの前を突っ張らせてしまったシンイチの艶めかしい姿を・・・。
あの時、アスリンはシンイチにオナニーしてみせろと理不尽な要求をしたが、シンイチは本当にオナニーを始めてしまった。アスリンはそれを見て、シンイチが女装フェチの変態だと思い込んでしまったのだ。
「ええ・・・でも、彼の事を嫌いにならないでくれる?とても珍しいケースだけど、そんな特殊な趣味の男のコだという事をどうか理解してあげてほしいの」
“・・・これって・・・グッド・シチュエーションじゃない?”
アスリンが日本にやってきたのは元々ある目的があったからだ。その目的の為には、シンイチの女装趣味は好材料と思えた。
少し考えてアスリンは決意し、答えた。
「わかった・・・サトミのお願いなら、断れないもの」
「よかった・・・有難う、アスリン」
この時、視聴覚室の外には教師と生徒が美しい信頼関係を結び直す様子を耳を欹てて聞いている者が二名程いた。
“上手くいったようね・・・よかったわね、サトミ”
“何だか、百合百合な感じがしてドキドキです・・・”
視聴覚室の外で中の様子に聞き耳を立てていたイツコとサヤだったが、事は予想外の展開を始めようとしていた。
「ねえ、サトミ・・・私もね、サトミにどうしても言っておきたい事があったの。ずっと隠しておくつもりも無かったけど、何だかどうしても言い出すタイミングがつかめなくて・・・聞いてくれる?」
「何かしら?」
「私、どうしてもシンイチを自分のものにしたいの」
「・・・アスリン?」
アスリンのその言葉に何となく不穏な雰囲気を感じてサトミは怪訝そうな表情になった。
「どこから話したらいいかな?・・・結構長い話なんだけど・・・やっぱり、本当のお母さんの事から話した方がいいわね」
「本当のお母さん?」
アスリンの実の母の名は荻生キョウコ。現在アスリンが惣竜の姓を使っているのは、母の死後その家に引き取られたからだった。
「私のお母さんは、私を生む前に日本である男性と関係があったの」
その男性の名は、猪狩ケンゾウ。ケンゾウは、ユイコという女性がいながらキョウコとも関係を持っていた。しかし、最終的にケンゾウはユイコを選び、恋の鞘当てに敗れたキョウコはアメリカに渡り、精子を冷凍バンクから買ってアスカを身籠った。
自分が生まれる前に父親は死んだとキョウコから聞かされていたアスカに真実を知らしめたのは、実はキョウコの本家である荻生一族からだった。
惣竜家に引き取られたアスカだったが、荻生一族はアスカを直系の同族だと認め、援助してくれる事になった。ただし、日本にてあるミッションを完遂させる事が条件だったが。
「その本家の人達は何を言ってきたの?」
「猪狩一族の跡取りと仲良くなって自分達の仲間に引き込めって・・・」
猪狩一族と言えば日本で五指に入る財閥で、様々な分野で世界中に企業を進出させており、明治の頃から続いている名門中の名門で超大金持ちである。シンイチは確かにその直系という立場にあるが、本人はそれを知らされていなかった。その理由は、成人して立派な社会人となってから、来るべき時が来た時に猪狩一族の総帥の座を受け継ぐにふさわしい人間となってから真実を伝えるように、という祖父ジュウゾウの遺言によるものだった。その影響力は日本はおろか世界中に及ぶ故に、例え直系でも生半可な実力では一族のトップには立てない。故に、六本木ケンゾウがそうであったように、直系の子孫が女性しかいない場合は優秀な男性を迎え入れて血脈を保ってきた。
対する荻生一族は猪狩一族程の歴史は無く、言わば第二次大戦後に急速に力を蓄えてきた新興勢力で、所謂成金と言うか成り上がりである。だが、その発展する勢いは猪狩一族のそれを上回り、ここ数年で世界中に傘下の企業を進出させてきていた。
アスリンはまだ中学二年生だというのに、そんな巨大企業財閥の争いに巻き込まれつつあるのだ。
だが、アスリンがシンイチを自分のものにしたいというその言葉をサトミに伝えた時の彼女の顔には、凛とした決意が見て取れた。
サトミ自身はシンイチの遠縁にあたり(実際には猪狩一族との血の繋がりはない)、本人にはその意識は無いがどちらかと言えば猪狩一族に与する形である。だが、アスリンの素性を知らずに家庭教師を務めたサトミは猪狩一族と荻生一族の双方とも関係ができてしまった。だからこそ、自分が二人の仲を、引いては猪狩一族と荻生一族の間を取り持つ懸け橋になれるかもしれないとサトミが考えても不思議は無かった。
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