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 別人であることは確かだし、知らない人だと思うのだけれど、その顔にはなぜか見覚えがあった。誠司に負けず劣らず端整な造りで、一度会えばそう簡単に忘れるとは思えない。けれど、誰なのかは思い出せない。  佇まいに独特のオーラがあり、威圧感はないのに簡単に人を従わせてしまう気配があった。風格とか魅力とかカリスマ性のようなもの。人の上に立つ人の気配。そんなところもまた、誠司を思い起こさせる。  千春の顔をまじまじと見つめていたその人が、眉間に深いしわを刻んだ。 「ひどい傷だ。せっかくの綺麗な顔に、なんてことを……」  顔立ちを褒められることはあっても、初対面でこうもはっきり口にされることは少ない。千春は少し驚いた。  そして、傷に対する嘆き方に、また誠司と似たところを感じて戸惑う。  誠司は、千春の顔や身体に傷が残ることをひどく嫌がる。どんなに小さな擦り傷でも見逃さないし、舐めておけば治ると言っても絶対に許さない。自分が手当てをすると言って、丁寧に処置をし、治るまで管理する。  一度、どうしてそこまでするのか聞いたことがある。  すると、『虎の敷物と一緒だ』と、なんだかよくわからないことを言った。映画の中でマフィアのボスが部屋に敷いている、あの毛皮のことだと言う。  傷があっては価値が下がるのだと説明した。  動物の毛皮を敷物にする人は好きではないと千春が言うと、『確かにそうだな』と頷いていた。それだけだった。  それきり話は尻切れトンボになり、本当の理由はわからないまま。何かごまかされた気分のまま、うやむやになった。  それでも、誠司が触れてくれるなら理由はなんでもよかった。傷が残らないように手当てをしてくれる。それが嬉しくて……。  チクリと胸が痛む。 「本当にすまなかった」  謝られて、千春は再び、目の前にいる男の顔を見た。誠司よりいくらか年上だろうか。目尻にかすかな笑い皺がある。 「こんな歩道の真ん中に、台車を置かせた。私の責任だ」  男の背後に視線を向けると、持ち手のない小ぶりの台車がぽつんと転がっていた。どうやらあれに足を取られて、千春は転んだらしかった。

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