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 東証一部上場。売上高の規模は一千億円を超える。そんな大企業の「代表取締役社長」――。 「接客の仕事をしているなら今日は休まなければならないだろうし、今後のことを相談しなくては」 「今後のこと……?」  まだ驚いている千春を残し、有栖川は改装中の店に入っていった。誰かに何か声をかけ、歩道に戻ってくる。そして千春に軽く頷くと、斜向かいの角に建つ小さな商業ビルに向かって歩き出した。  千春は慌てて、その長身の背中を追いかける。  白い板張りの階段を上がり、格子の入ったガラスのドアを押すと、昨年改装したばかりの店の奥から、金井の声が聞こえてきた。 「すみません。まだ準備中で……」  誠司の元同級生で親友でもある金井は、今年二十九歳の『カナイ珈琲』二代目オーナーである。店は彼の母親から引き継いだものだ。爽やかさを絵に描いたようなイケメン店長にはファンが多く、彼を目当てに通う常連客で店は繁盛していた。 「なんだ、千春か。いったい……」  奥から出てきた金井は、千春の顔を見ると「うわっ」と口元を覆った。 「どうしたんだ、その顔……」 「転んだ……」 「転んだって、おまえ……。誠司が見たら発狂するぞ」  千春の後ろにもう一人、人がいることに気付いて、金井がそちらに視線を向ける。そして、すぐにぽかんと口を開けた。 「有栖川社長……?」  同じ飲食業界で、小さくとも一国一城の主を務める金井は、カリスマ経営者の顔をしっかり記憶していた。 「いったい、これは、どういうことだ?」  聞かれても、うまく説明できない。  千春の代わりに有栖川が口を開いた。手際よく状況を説明した後で、「彼の怪我の責任は我が社にある」と言い、「申し訳ない」と頭を下げた。

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