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【3】-1

 父が他界したのは十四年前の三月のことだ。地方支社からの帰り道、国道で起きた玉突き事故に巻き込まれ、同僚二名とともに帰らぬ人となった。  千春は小学校の二年生で、三学期の終わりまであと数日という日のことだった。  何が起きたのかよくわからないまま、それまでの日常が徐々に消えていった。  覚えているのは、声を殺し、それでも殺しきれず、時々叫ぶように嗚咽を漏らして泣いていた母の背中、狭い家の中を所在なく行き来する黒い服を着た大人たちの姿。  灰色の空に上ってゆく白くて細い煙を見て、ようやく父はもう戻らないのだと理解した。  四月になると、母が仕事を始めた。それまで三人で暮らしていたマンションで、千春は一人で留守番をするようになった。  誠司が最初に千春たちを訪ねたのは、その頃だ。  妹とその息子を案じた誠司の母が、高校に入学したばかりの誠司を使いに寄越したのが始まりだった。千春たちの住む古いマンションは、誠司の高校の最寄り駅にあった。  何度か立ち寄るうちに、誠司が唐突に母に言った。 『顔色が悪い』  慣れない仕事に疲れ、千春を一人で家に残すことにも心を痛めていた母は、もともと痩せていた頬の肉が削げて、ひどく青白い顔をしていた。 『大丈夫よ……』 『そうは見えない。頼れる人間には頼ったほうがいい』  まるで大人のような顔でそう言ったかと思うと、自分が千春の面倒をみると言い出した。 『千春が一人でいる間、俺なんかでもそばにいれば、少しは理恵おばさんも安心できるでしょ?』  働く親の子ども預かる学童保育も近くにあったが、常に定員オーバーで、春から三年生になった千春が途中から入ることは難しかった。より低学年の児童を優先的に受け入れ、余裕があれば許可が出るという状況だ。 『誠司くんだって忙しいでしょ。そんな迷惑かけられないわ』

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