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【4】-1

 自宅に戻ると、研修のために準備し、和室の鴨居に掛けてあったスーツを自分の部屋のクローゼットにしまった。  スーツは苦手だ。  重くて動きにくいし、痩せて華奢な体形の千春には全然似合わない。  誠司のように、細く見えても骨格がしっかりした身体ならば、どんなスーツを着ても見栄えがするのだろうけれど。  三月までに予定されている四回の研修のうち、これまでに行われたのは最初の一回だけだ。年明けに予定されていたものは、二回続けて中止になった。二回とも、連絡が来たのは直前で、慌ただしい様子から業務が立て込んでいるのだろうと察するしかなかった。  一回目の研修内容はさして難しいものではなく、会社の歴史が紹介され、簡単なビジネスマナーの講義を受け、交通費と一緒に立派な仕出し弁当が支給され、会議室でそれを食べてから解散するというものだった。一緒に参加した同期は五人で、そのうちの一人が、内定者を逃がさないための一種の囲い込みなのだろうと、したり顔で話していた。  クローゼットの前でぼんやりしていると、気が抜けたようなチャイムの音がリビングに流れた。オートロックなどというしゃれたものはなく、ドアホンにはカメラも付いていない。  直接ドアを開けることは子どもの頃から固く禁じられているので、リビングに戻ってクリーム色の受話器を取った。 「はあい、どちら様ですか」  宅配便か何かだろうと軽く答えた千春の耳に 『俺だ』  と、聞き間違えようのない声が届く。  慌てて受話器を戻し、玄関に飛んで行った。ドアを開けると目の前に誠司が立っていた。 「ど、どうし……?」 「どうした、じゃないだろう。なんだよ、その顔」 「こ、転んだ……」 「ああ。金井から大体のことは聞いた。ちょっと見せてみろ」

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