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【4】-3

『頼むから、もう少し自分を大事にしてくれ。おまえが怪我をすると、俺が困るんだよ』 『いい敷物にならないから?』  YES。  やけに綺麗な発音で。  高二の春。誠司の手に、一番触れて欲しかった頃。  三年生になり、受験や進学で忙しくなると、怪我をする機会もなくなった。大学に入ってからはさすがに落ち着くしかなく、誠司が千春の手当てをすることもなくなっていった。  ふいに、心に暗い影が落ちる。 「どうした、千春?」  伏せた視線をいぶかるように誠司が聞いた。 「なんでもない」 「……しかし、ずいぶんと派手にやったな」  動くなよ、と言われて「うん」と答えて、一度小さく唇を噛む。 「ごめんなさい……」  言葉が自然に零れ落ちた。 「……見た目は派手でも、残るような傷じゃないさ。心配するな」 「うん」  心の中で、もう一度「ごめんね、誠司さん」と謝った。  誠司が二度目の海外勤務に出る直前、千春は誠司に嘘を()いた。不注意や過失ではなく、故意に自分を傷つけたのだ。確かな意図を持ってマンションの裏手に行き、空き地を囲む有刺鉄線の前に立って左手を振り降ろした。  手の甲に赤く筋状に走った傷。それを見た誠司は、何も言わずに手当てをしてくれた。千春は誠司の目を見ることができなかった。  千春が身体に傷を作れば誠司は嫌がる。それを知っていて、わざと自分を傷つけた。  誠司を、騙した。

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