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【4】-4

 手の甲の傷は消えても、心にはずっとその時の罪悪感が残っている。 (ごめんなさい……) 「……よし」  顔の右半分にガーゼが押し当てられる。 「綺麗に治るまで瘡蓋(かさぶた)()がすなよ」  ガーゼのない左側の頬を、誠司の指が軽く撫でた。  息が止まる。  身体の中心が甘く疼く。 「誠司さん……」  蜂蜜だと誠司が言った薄茶の瞳で見上げると、一度すがめられた黒い瞳が、すっと脇に逸れてゆく。頬に触れた指が、ゆっくり離れる。  千春は泣きたくなった。心の底を鈍い痛みが走り抜ける。  苦しくて、息ができなくなる。けれど、何か話さなくては。誠司がどこかへ行ってしまわないうちに、何か。 「今日、仕事は?」 「休みだ。少しやることがあって、まとめて休暇を取った」 「やること……?」  それは何かと聞きかけて、口をつぐんだ。「結婚式」に関わることだと察したからだ。どんな準備があるのか知らないが、いろいろな手続きや打ち合わせが必要なのだろう。  鈍い痛みが胸に広がる。世界が凍りつくような重くて冷たい痛みだ。 「千春、何か昼に食いたいものあるか?」  唐突に聞かれて視線を上げた。穏やかな目が千春を見下ろしていた。 「食べたいもの? でも……」  やることがあって休暇を取ったなら、千春のために使う時間はないはずだ。もう大丈夫だから帰っていいと、そう言わなくては……。  なのに、言葉が出ない。  今帰ったら、誠司はもうここへは来ない気がする。千春の前から永遠にいなくなる。  黙っていると、誠司が少しむっとした。 「なんだよ。俺のメシが食いたくないのか」 「違うよ。食べたいよ。だけど……」

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