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「だけど?」  だけどなんだよ。今度は少し笑う。  千春がまだ、誠司の料理を口にするだけでにこにこと元気になれた頃、その頃と同じ穏やかで優しい笑顔。 「遠慮しなくていいぞ。久しぶりに、なんでも好きなものを作ってやる。材料を見てからだけどな」 「あんまりいいもの、ないよ?」 「じゃあ、あるもので適当に作る。ショボくても文句言うなよ?」  頷くと、大きな手がくしゃりと髪を撫でた。もう一度見上げると、黒い瞳がかすかに揺れる。視線が逸らされる前に、千春から目を伏せた。 「まずは、冷蔵庫のチェックだな」  対面キッチンの向こう側に向かう背の高い後ろ姿を追いかけた。かがみこんだ広い背中にすがりたい気持ちを抑えて、心の中で自分に言い聞かせる。  今だけだ。  あと少しだけ。  一緒に昼食を作り、食べて、話をする。互いの近況を伝えあう。その間だけ。  誠司の話はあまり聞きたくないから、千春はできるだけたくさん自分の話をかき集める。  カフェの常連客のこと、改装した店の内装が素晴らしく、来る人みんなから好評であること、就職先の研修が何度も中止になって、少し不安であること。  誠司は終始笑顔で千春の話を聞いていた。時々、小さな質問を挟む。ちゃんと聞いていると教えるように。  千春は話し続ける。  あと少しだけ、許してください。  誰にともなく祈った。  誠司が、知らない誰かのものになるまで。  あと少しだけ。

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