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【5】-2
いろいろ工夫は必要だけれどと、短期間で『ボナヴィータ』を育てた経営者は微笑んだ。難しいこともあるけれど、だからこそ楽しいのだと。
感心して聞き入っていると、有栖川はふいに気まずそうに顔を伏せた。左手で軽く額を叩く。
「……すまない。こういう話になると、どうも熱が入り過ぎてしまう」
千春は面喰った。それからつい笑ってしまう。
(不思議な人だ……)
金井がカウンターに白いカップとソーサーを置く。雫のレリーフをほどこした薄い陶器の中で、ミディアムローストの濃い茶色の液体が湯気を立てていた。
「お時間があるようでしたら、どうぞ。うちのオリジナルブレンドです」
「いや。これは、ありがとう」
礼を言って、有栖川はスツールに腰かけた。入り口近くのL字型カウンターからは店の窓側半分を一望できる。
店内に目を向けている千春に、有栖川がしみじみと呟く。
「傷が残らなくて、本当によかった」
穏やかな微笑に、空気がかすかにざわめくのがわかった。
有栖川が現れてから、店のあちこちから視線が送られていることに千春は気付いていた。イケメン店長を目当てに通う常連客たちが、これほど見た目のいい男性を見逃すはずがないのだった。
また誠司を思い出した。誠司と一緒にいると、似たようなことがよくある。そこにいるだけで人の目を引く人間が、世の中にはいるのだ。
視線に応えたわけでもないのだろうが、有栖川は店内に目を向けた。
「さっきから気になっていたんだが、半端な時間帯なのにずいぶん席が埋まっているね……」
時刻は午後二時を回ったところだ。ランチにはさすがに遅く、お茶の時間にはまだ早い。『カナイ珈琲』でも一番人の少ない時間帯だが、それでも、ゆったりと配置したテーブル席の五割から六割が埋まっていた。
有栖川の目に職業的な光が宿る。内装やメニュー、客の服装や所作などを、一つ一つ確かめるように眺めているのがわかった。
「いい内装だな……」
カウンターの中でグラスを磨いていた金井が、誇らしげに口の端を上げた。
白を基調にしたシンプルな内装は、清潔で品がよく、どこにでもありそうでいて、決して平凡ではない。金井イチオシのインテリアデザイナーが手掛けた力作である。
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