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【5】-3
『カナイ珈琲』はもともと金井の母親が営んでいた店で、建物自体は築四十年と古い。二階部分のこの店が喫茶店として営業し始めてからでも、三十年ほどが経っている。
喫茶店からカフェへと呼び名に変わる頃に一度目の改装をし、昨年、かねてから金井が心酔していた建築デザイナーと縁があり、二度目の全面改装に踏み切った。まだ若いデザイナーだが、店舗設計のスペシャリストで実力は折り紙付きだという。就職活動で忙しかった千春は、残念ながら会う機会を逃してしまったが、才能があるだけでなく人柄もとても親しみやすいと金井が絶賛していた。
壁や床や大きく目立つ備品類は可能な限り装飾を控え、木目だけを生かしたシンプルな塗装で仕上げてある。一方で、ディテールには随所に遊び心が溢れていた。仕切りに使われる磨りガラスには幾何学模様のエッチングがほどこされ、レリーフを浮かべた白い食器類は量産品でありながら店の雰囲気によく合っていた。個性に溢れ、それでいて余分な主張がない。選ぶ目の確かさというものを感じる。
大きめの窓から見える外の景色もうまく生かされ、明るい店内をいっそう開放的なものにしている。遮光に使う白いエンブロイダリーレースのロールスクリーンが甘すぎない清楚さで、温かみを添えていた。
改装後に初めて店内に足を踏み入れた時、千春は思わず小さな歓声を上げた。常連客にも好評で、店を二週間休んだ甲斐があったと、金井も大満足だった。
そんな自慢の内装を、カリスマ社長に褒められたのだ。悪い気はしない。
「客層も落ち着いている。女性客が目立つね」
「うちは、常連さんが多いんですよ」
有栖川の前に立ち、金井が白い歯を見せる。
「それだけ居心地がいいということだ。料理のメニューは少ないが、カフェとしては十分だろう。コーヒーもとてもいい。それにしても……」
カウンターと店内を行き来する、もう一人のアルバイト、金井、そして千春の顔を順番に眺め、有栖川は口元を覆うようにして笑った。
「店員の容姿がいいのは、意図的なもの……?」
「ああ、それは……。ご想像にお任せします」
白い歯を見せたまま答えた金井は、千春の前まで来て「さすがに鋭いな」と唸った。図星だ。
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