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【5】-4
イケメン店主の金井を目当てにした客は、以前から多かった。だが、金井によると、誠司の紹介で千春をアルバイトに入れてから、さらにリピーター率が上がったらしい。金井が店を任されるようになったのがちょうどその頃で、試しにアルバイトの面接で容姿に比重を置いたところ、見事に売り上げが伸びた。
以来、ひそかにその戦略を守り続けている。
金井が店を継いだのは、彼が大学を卒業した年で、高校時代から店を手伝った経験を入れるとキャリアはかれこれ十四年になる。仕事が面白くなったのは、やはり自分の考えで店を作るようになってからだと、いつか千春に話してくれた。
誠司と同じ高校を卒業し、千春の大学の先輩でもある金井にとって、企業への就職は決して難しいものではなかったが、彼は迷わず『カナイ珈琲』を継ぐことを選んだ。自分の裁量一つで自由にやれる、そういう店が初めから目の前にあるのだから、幸せなことだと言っていた。
高校、大学と金井の元でアルバイトを続けてきた千春は、その言葉が本心であることをよく知っている。金井は本当に今の仕事が好きなのだ。
千春も好きだ。
今では金井に次ぐ古参になった千春は、四月になれば店を去る。決まっていることとはいえ、その日が来るのはやはり寂しい気がした。
忙しく行き来する千春の手が空くと「千春くんは、ジレが似合うね」と有栖川が笑った。最初に会った時は私服だった。制服姿は初めてだ。
白いシャツと黒のスラックスにジレを合わせた制服は、ビジュアル重視で金井が選んだものだ。ギャルソン用にデザインされているので動きやすさも備えている。その点はいいのだが、時々、こんなふうに称賛の眼差しを向けられるのが、少し照れ臭い。
「ありがとうございます」
水の入ったジャグを手にして、そそくさとフロアに逃げた。レモングラスと砕いた氷が透明なジャグの中で揺れ、窓からの光を受けてキラキラ光った。
千春はカフェの仕事が好きだ。
同じことの繰り返しで退屈だと言う者もいるが、そんなふうに感じたことは一度もなかった。どうしたらお客さんに喜んでもらえるか、次もまた来たいと思ってもらえるか、一人一人の気持ちを考えながら接客するのは楽しかった。
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