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 緊張気味に、異国の城を思わせる瀟洒な建物を見上げていると、有栖川が言った。 「この店は『ボナヴィータ』の系列店なんだ」 「えっ? そうなんですか……?」  千春はもう一度、凝ったファサードを見上げた。ほかの店とは雰囲気がだいぶ違う。  全国にある『ボナヴィータ』はファミリー向けのレストランで、価格帯はかなり控えめな、お値段以上の満足度を目指すチェーン店だ。目の前に聳え立つ城のような店とは、明らか狙っているターゲット層が異なる。 「価格帯やコンセプトを変えて、いくつか実験的な店を運営しているんだよ」  有栖川の言葉に、ようやく少し納得した。しかし、だとすると、ここはその中でもかなり高級な部類の店なのだろう。仕事を休んだ分の保障や慰謝料まで申し出た人が、それに代わるものとして選んだ店に、お値段以上のリーズナブルさを求めるとは思えない。  千春はまた緊張し始めた。やはり、とても食事を楽しめるとは思えない。  けれど、その杞憂は見事に裏切られた。  見識が広く話題が豊富な有栖川の話は、聞いているだけで楽しかった。どれも興味深い内容で、深く引き込まれたし何度も感心させられた。  肝心の料理も素晴らしいもので、食材の鮮度も料理人の腕も確かなのがわかった。  有栖川にも伝えたが、千春はもともとイタリアンが好きだった。子どもの頃、誠司が作ってくれたトマト味の料理の影響かもしれない。  店員の態度は温かく思いやりに溢れ、半個室になった店内では服装もさほど気にせずに済んだ。その結果、思っていたほど気詰まりなこともなく、食事が終わるまでがあっという間に思えた。  帰りも運転手のクルマで金井の店に送り届けられた。  聞かれるまま食事の様子を金井に話した。 「よかったじゃないか」 「うん……」 「楽しかったんだよな」 「うん」  自分でも意外だった。金井に答えてあれこれ話すうちに、千春は自分が本当に楽しかったのだと改めて理解する。  ただの学生である千春にも、有栖川は丁寧な態度を崩さず、偉ぶることもなかった。こちらの話を上手に引き出し、拙い語り口にも興味深く耳を傾けてくれた。

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