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「ずいぶん若く見えるから、ちょっと調べてみた。あの人、まだ三十七なんだな」  金井の手にはタブレット端末がある。ネットを検索すればプロフィールが現れる。有栖川正隆とはそう言う人だ。 「実家が資産家らしいから起業するのは難しくなかったみたいだけど、大学を出て二年かそこらであのチェーン店を作って、ここまで大きくしちまうんだから、タダモノじゃないのは確かだ」  その上中身もいい人なんだなと金井が感心する。 「でも独身らしい。あれだけいい男が一人でいると、プライベートの憶測記事も結構あった。よほど理想が高いのかとか、すごく用心深いのかとか……」 「そんな感じしないけど……」 「ああ」  金井は端末を閉じた。 「ゲイだっていう噂が出てた。ネットの記事だから真偽のほどはわからないけどな……」  ただ、そういう理由があると聞けば、理想が高いとか用心深いとか言われるより腑に落ちる。偏見のない金井は、すんなりと噂を受け入れていた。有栖川の人柄に触れた今は、逆に信用できるとまで言う。  けれど、もし噂が本当なら、それは苦しいことかもしれない。  初めから同性しか愛せないことは……。  LGBTという言葉が広く知られるようになり、カムアウトする人も増えた。けれど、本当は、そんなことを人に言う必要など最初からないのだと千春は思う。  異性しか好きになれない人がいるように、同性しか好きになれない人もいる。それだけだ。  千春のように、好きになった相手がたまたま同性だったという場合もある。ほかに恋愛経験のない千春は、自分がゲイなのかどうかもわからない。  最初から、そんなことを区別しても仕方がないのだ。千春は、ただ誠司が好きで、それ以外のことはどうでもいい。  それでも、それが一般的な考え方ではないことを、千春も理解している。  だから、何も言わない。  千春の気持ちなど誰も知らなくていい。知らないほうがいい。  誠司は「普通に」世間や法律が認める幸せを手に入れる。たくさんの祝福の中で「普通に」女性を妻に迎える。 「千春」 「何?」 「おまえ、本当は……」  視線を上げると、どうしてか、金井は途中で言葉をしまいこんだ。  不思議に思って見つめていると、なんでもないと首を振る。そして、しみじみと噛みしめるようにこんなことを言った。

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