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【5】-9

「大きくなったな」 「急に、何?」 「だってさ、最初に誠司がおまえを連れてきたの、俺がバイト始めた頃だろ。八歳かそこらの時から知ってるんだ。なんだか感慨深いよ」 「だから、急に、何なの?」  まあ、いいだろと金井が笑う。 「俺だって、いろいろ考えてしまうことがあるんだよ。四月には千春も社会人だしな」  内定が出た時、金井は自分のことのように喜んでくれた。誠司とは違う形で、ずっと千春を見守ってくれたのだ。  千春も、金井には感謝している。  本当に……。言葉にするのは照れくさいけれど。 「大きくなった」  ポンポンと軽く頭を叩かれて、少し口を尖らせる。 「もう……。僕、今日はもう、これで帰るよ?」 「ああ。また明日、頼むな」 「うん」  じゃあと、いつもと変わらない挨拶を交わして、店を出る。  歩道に立って小さなビルを見上げた。四階建ての二階のワンフロアが『カナイ珈琲』だ。  あとどれくらいここで働けるのだろう。たくさんの時間と思い出が詰まった店を見上げて、考える。  七年間、ここですごした。 「ありがと……」  呟いて踵を返すと、桜の蕾が目に入った。心なしか昨日より赤い気がした。  変化は少しずつ、それでも確実に起きているのだと思った。

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