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【6】-1

 リビングのドアを開けると母が先に帰っていた。時刻はまだ午後三時前だ。 「どうしたの? 具合でも悪いの?」  母が急に仕事を休むことなど滅多にない。何かよほどのことが起きたのかと心配する千春に、「大丈夫よ」と母は笑った。 「朝から本社に呼ばれてたの。今からお店に戻っても中途半端だから、溜まってた有休で半日お休みもらっただけ」 「そうなんだ。びっくりした」  どうやら本当にただの有休消化らしい。 「千春、お母さんね、今度から本社のバイヤーになるかも」 「え? どういうこと?」 「お店で直接お客さんに服を売るのはやめて、みんなが着たくなる服を探して買ってくる仕事をするのよ」  子どもに教えるように母が説明する。バイヤーの仕事内容については、なんとなく知っていたけれど、とりあえず頷いた。 「お母さんは、その仕事をしたいの?」 「やってみたいと思ってる。出張とかは増えるみたいだけど、働く時間やお休みは前より規則正しくなるし、何より、この年になって新しいことに挑戦できるなんて嬉しいもの」  そっか、と千春は頷いた。それから少し笑う。 「だったら、よかったね」 「うん」  母も笑う。すっきりと明るい笑顔を見ながら、子どもの頃のことを思い出した。  父を亡くしてから、母はずっと働きどおしだった。婦人服メーカーの販売員になって、都内各地のデパートの売り場に立ってきた。長時間の立ち仕事で、初めのうちは足が火照って眠れなかったこともある。  ――お母さん、大丈夫?  夜中、ダイニングの椅子に座って足を揉んでいる姿を見つけ、声をかけた。母は決まって『大丈夫よ』と笑った。

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