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「いいの?」 「ああ。ミセス読書はアールグレイだろ? ほかの人たちの好みはわかるか?」  わかると頷く。 「ちょうど()いてて暇だしな。どうせなら好きなものを出させてもらおう。何を出せばいいのか言ってくれ。作るから」 「うん」  返事をしたきり、まじまじと金井の顔を見ていると、「ふだんから来てくれて、滞在時間に見合った注文を出してくれる常連客は、店の財産だ。彼女たちを大事にするのは店主の務めだ」と金井が胸を張る。 「急にどうしたの?」 「有栖川さんの受け売り。本を読んで感化された」  パソコンの横にあった四六判のソフトカバーを見せて、金井がにやりと笑う。千春も思わず笑ってしまった。 「ミセス読書にはアールグレイ。下の社長さんはソイラテで、クラブ華のママは、いろんなものを試すのが好きだから、期間限定で仕入れた桜のフレーバーティーがいいかも。それから……」  次々にオーダーを口にする。金井が手早く飲みものを用意してゆく。できたものからそれぞれの席に運び「試飲です」と断って提供した。 「でも、これ……」  驚いて顔を上げるミセス読書に、「にぎやかですみません」と小声で詫びた。彼女の眉間の皺が急速に緩んでゆく。この時間帯は、ふだんはとても静かで、彼女が週の半分以上も足を運んでくれるのは、その静かさを求めてのことだ。騒々しい音を不快に思うのは当然で、千春はただその気持ちに寄り添いたいと思った。  嫌な顔をしたミセス読書には少しの非もない。そう伝えたかった。  一通り店内の常連客に「試飲用の飲みもの」を配り合えると、窓際の席に座ったミセス読書に呼ばれた。 「もう一杯、同じものをお願い。今度はちゃんと伝票を切ってね。それからいちごのタルトを一つ、一緒にくださいな」 「はい……、ありがとうございます」

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