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【7】-7
黙っていると、長い指に頬を包まれた。拒むように首を振ると、大きな手のひらが千春の頭を引き寄せる。咄嗟に抗おうとしたが、その時にはもう千春の身体は有栖川の腕の中に閉じ込められていた。
「千春くん……」
熱い吐息で名前を呼ばれる。それが髪の先に零れ落ちる。背中を何度も行き来する手のひらに、優しいだけではない欲が滲んだ。
「そんな顔をされたら、帰したくなくなる……」
何も答えられずに長い腕の中にいた。
「さっき言ったことは本当だ。君が好きだ。どうか、僕の恋人になって……」
涙でいっぱいの心の湖に、無数の波紋が広がる。
「優しくする……」
もしも……。
もしも、この人を好きになれたら、こんなに苦しい想いを捨てられるのだろうか。触れることさえ許されない人を、忘れることができるだろうか……。
ロビーには人のざわめきが満ち、吹き抜けの天井から光が流れ落ちている。遠いその光から、千春は逃げたいのだろうか。それとも……。
顎に指がかかり、唇をそっと撫でられる。有栖川の顔が近付いてくる。
「千春……っ!」
その瞬間、空気を震わせる声が響いた。
「千春、どこにいる……っ!」
ビクリと身体が反応した。有栖川の胸を押して、ソファから立ち上がる。
「誠司さん……っ」
「千春っ!」
柱の向こう側から、厚いカーペットを蹴って誠司が駆けてくる。そして、まるで有栖川から奪うように、千春を身体ごと引き寄せた。
「何やってんだよ!」
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