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【7】-8
強く掴まれた腕が痛い。
誠司の目が有栖川に向けられる。
「こいつに何をした」
「少し休ませていただけだ。気分が悪いようだったから」
君は? 有栖川が目で問う。
誠司は短く「従兄弟だ」と答え、有栖川の反応を待たずに千春の肩を抱きかかえた。
「帰るぞ」
正面の扉から外に出ると、まだ雨が降っていた。指が食い込むほど強く腕を掴まれたまま、雨の中を傘も差さずに歩いた。
「……誠司さん、手が痛い」
「うるさいっ!」
どうして、と思う。どうして、急にこんなことになっているのだろう。
「……あれが、有栖川とかいう男か」
黙っていると鬼のような目で睨まれる。
誠司は怒っていた。理由も意味もわからず、千春は何も答えられなくなる。
雨に濡れながら公園通りの歩道を歩き続けた後、急に誠司が立ち止まる。それから回れ右をして、またホテルのほうへと戻り始めた。
「ど、どうしたの?」
「うるさいっ!」
向かった先はホテルの地下にある駐車場だった。
「最初からエレベーターで降りればよかったのに……」
ぼそりと呟くと、また「うるさい」と怒られた。意味がわからない。
乗れ、と顎で合図されて、紺色のアウディの助手席に座る。乱暴にドアを閉められたかと思うと、駐車場の出口から、タイヤを鳴らしてクルマは雨の中に飛び出した。
「安全運転……」
言いかけるが、横顔が怖くて黙る。それでも、運転だけは静かなものに変わった。
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