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【8】-3
窓の外には春の嵐が吹いていた。
しなる木々の枝を見下ろして、金井が深いため息を吐く。
「今日で最後なのに、とんでもない天気になったな」
小学校の校庭から運ばれた土埃で通りは一面ミルクティー色に染まっている。向かいのビルがやけに遠くに見えた。
唸るような風の音が店の中まで聞こえてきて、金井の呟きをかき消す。
「とうとう千春がいなくなるのか……」
ガックリ落とした肩に、どう声をかけたものかと思っていると、金井は振り返って言った。
「なぁ、もしも仕事が嫌になったら、いつでも戻って来いよ? 俺はずっと待ってるから」
「……それって、門出の言葉として、どうなの?」
「ん? そうか。ヘンか……?」
どこかの店の看板がすごいスピードで飛ばされてゆく。指をさすと、金井が驚いて目を剥いた。
それからまた、盛大なため息を吐く。
「この天気じゃ、誰も外に出ないよな」
従業員しかいない店内を見回し「せっかく全員シフトに入れたのに」と、さらにため息を重ねた。
現在のアルバイトは千春を入れて総勢五名。常時二名から三名で回しているが、閉店後の送別会に備えて、この日は昼前後から全員がシフトに入っていた。付き合いの長い者も短い者もいるので、休みの日に呼び出すのは忍びないという金井の配慮だ。
「いっそ、今からここで送別会やっちゃう?」
暇そうに立っている彼らに金井が声をかける。
あはは、と軽い笑い声が返ってきた。
突然、入り口のドアが音を立てて開いた。砂塵が一気に流れ込み、一緒に吹き込むようにして、三人の女性が店内に入ってくる。近くの雑貨屋と本屋の販売スタッフで、週に二、三度、ランチに来ている常連客だ。
「あ、いたいた」
「よかったー」
「無理して来て、もしも会えなかったらどうしようかと思った」
三人は千春の顔を見ると、急ぎ足でそばまでやってきた。真ん中に立つ背の高い女性が、腕で守るように抱えていた小さなブーケを千春に差し出す。
「これ、よかったら受け取って」
「え、僕に……ですか?」
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