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【8】-6
「はあ……」
曖昧に頷くと、有栖川がはっと表情を改めた。
「すまない……。また、夢中になって話してしまった」
「いえ……」
「急に勝手なことを言っているのは、重々承知している。ただ、私もその枠を持っているんだ。これだけ顧客の心を掴む接客方法があるなら、是非とも我が社で役立ててほしい。本気でそう思ったものだから……」
千春は頭を下げた。
有栖川の申し出は本当にありがたいものだ。それでも、縁あって採用してくれた勝山商事で、千春は頑張りたい。
そう伝えると、有栖川は残念そうに頷いた。同時に、千春ならそう言うだろう思っていたと、小さなため息の後で微笑んだ。
「無理なことを言って、悪かったね」
「いえ……」
気持ちは本当に嬉しいと伝える。
「頑張るんだよ。応援しているから」
「ありがとうございます」
千春のどこを気に入ってくれたのかわからない。恋人になることもできない。けれど、気にかけてくれたことに、素直に感謝したかった。
「千春、ロッカーでスマホが鳴ってる。おまえのかも」
金井の声に振り返る。
「あ。音、消してなかった。ごめん……」
「何回か鳴ってたみたいだぞ。勝山商事からかもしれないから、確認してみな」
「うん」
仕事中にごめんともう一度謝って、ロッカーに向かう。
着信はすでに切れていたが、やはり勝山商事からだった。短い間に三回の着信履歴が残っていた。
「何か急な連絡があるのかもしれないな。奥でかけ直してきていいぞ」
金井が言ってくれるのと同時に、突風とともに店のドアをくぐる者があった。今度も千春に会いに来た常連客だ。続けて二人。
金井は苦笑し、カウンターの隅に千春を座らせた。店内で電話を受けてしまった人のための「通話専用席」だ。まわりに声が響きにくい構造になっている。
「ここでかけろよ」
「でも……」
「長くなるようなら奥に行ってもいいけど、この天気の中、わざわざ来てくれるのは、千春に会いに来てくれるお客さんたちだ。おまえの顔が見えなかったらガッカリする。そこにいるだけでいいから」
仕事中の私用スマホはもちろん厳禁だが、今回だけは特別だと許可を出す。
それでも躊躇していると、「いいから早く折り返せ」と言って、金井は仕事に戻ってしまった。
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