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 勝山商事からの着信履歴をタップする。長い呼び出し音が続いた。三回もかけてきたのだから何か用があるはずなのだが、そのわりに、なかなかつながらなかった。  ようやく受話器を取った社員の声は、今まで聞いたことがないくらい暗かった。 『社長に変わります』  短い取り次ぎの後、直接社長の勝山が電話口に出た。  開口一番『申し訳ない』と謝る。 『申し訳ありません。内定を取り消させてください』 「え……?」  何を言われたのか、咄嗟には理解できなかった。 「でも、もう明日が……」 『すみません。本当に、すみません』  どうして。  声にできない問いが頭の中で渦巻く。少しの間、勝山は千春の反論なり叱責なりを待っている様子だった。千春が何も言わないでいると、躊躇いを残しながらも、絞り出すような声で話し始めた。  ――三ヶ月前に、ある大口取引先が半年分の支払いを残して倒産した。未収金の額は勝山商事の半年分の利益を超える額だった。その損失を埋めるために、今日までできる限りのことをしてきた。しかし、会社はいまだに不安定な状態にある……。  なんとか乗り越えて、会社を存続させたい。千春たちが入社するまでに、少しでも目途を立てておきたい。そう考えて努力してきたという。 『ところが……』  今週に入って、勝山商事の経営状態を懸念した取引先の多くが、今年度で契約を打ち切ると言ってきた。ただでさえギリギリの状態の中、来期の売り上げ目標は大幅な下方修正を余儀なくされたと続ける。 『会社を潰すわけにはいかないんです。今の我が社には、新人を受け入れる余裕がありません』  即戦力にならない人材に支払う給与や、教育にかけるコストは、未来への大切な投資だ。けれど、それを削る以外に、今いる社員の生活を守る手段がないと言う。

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