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「そんな……」 『新卒での就職がどれだけ大事なものか、わかっているつもりです。しかし、あなた方を迎え入れても、いえ、迎え入れることで、我が社はおそらく潰れます。だから……』  本当に、本当に、申し訳ないと、端末の向こうで勝山は嗚咽していた。  千春は何も言えず、何度も繰り返される謝罪の言葉を聞き続けた。  最後に、かすれた声で「わかりました」と呟いて、通話を切った。 「どうして……」  苦渋の決断だったことはわかる。けれど、それならなぜ、もっと早く教えてくれなかったのか。  やり場のない気持ちが胸に渦巻く。 「千春。電話、なんだった?」  金井の声に、力なく椅子から降りて床にへたり込んだ。 「千春?」  (どうしよう……)  なぜか一瞬、嬉しそうにコップを差し出す母の顔が浮かんだ。涙が零れそうになって、慌ててうつむく。  窓の向こうでは、唸りをあげて砂嵐が吹き荒れる。 「君の就職先は、勝山商事だと言ったね……」  頭の上から有栖川の声がした。 「先月の終わり頃、だいぶ経営が厳しいと聞いて、私も注意していた。『ラーメン午後壱(ごごいち)』の倒産が響いたらしい」  有栖川の言葉は勝山の話を裏付けていた。 「もう少し早い段階で未払い金を回収すれば、損失は最小限に抑えられただろう。勝山社長は、経営者として少し優しすぎた」  払えない、待ってくれと言われて許していれば、次は自分たちの首が回らなくなる。企業経営には厳しさも必要なのだと言う。 「どこも必死なんだよ。初めから騙そうとする者もいる。情に流されてはいけないし、頭で理解しているなら、正しい選択を実行しなければならない」  それは人の気持ちを大切にすることとは、また別の問題なのだと続ける。

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