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【8】-10

「さっきの話を、もう一度考えてみないか?」  千春の隣に膝を突き、右手を差し出す。 「私は本気だ。君の力を我が社で役立ててほしい」  その指の形をじっと見つめ、千春はゆっくり顔を上げた。 「そんな力、僕にはないです……。採用していただいても、ご迷惑をおかけするだけです」 「こんなに顧客の心を掴む接客にはどんな秘密があるのか、まず私が知りたいと思っている。そして、それを標準化できないかと考えている。君には、価値があるんだよ」 「そんなの、秘密なんて何もない……。皆さんが優しいだけで……」  正式な入社試験も受けずに採用してもらえるほど、特別な力が千春にあるとは思えない。個人的な好意で言ってくれているのなら、なおさらこの話を受けることはできないと思った。 「千春……」  何か言いかけて、金井は黙った。自分の出る幕ではないと考えたのだろう。  右手を差し出したまま、有栖川がかすかに笑う。 「そういう頑固さも、君の魅力なんだろうね。今時珍しいくらい融通が効かず、まっすぐで頑固で、それでいて頭が固いわけではない。君の何がここまで人を惹きつけるのか、私は本当に知りたいんだよ」  一度右手を懐に戻し、以前とは別の名刺を取り出して、それを千春の手に握らせた。 「これでも人を見る目はあるつもりだ。今はまだ混乱しているかもしれないが、よく考えてからでいい。この番号に連絡をしてくれないか。必ず時間を取るから」  名刺を握った千春の手を、温かい手が包む。 「要領のいい人間なら、試験で採れる。自分にできることをアピールするのが悪いとは言わない。だが、何も主張することなく、当たり前のように高い水準で自分の仕事をやり続け、それを人に気付かせない人間を見つけるのは、とても難しい」 「僕は、そんな人間じゃ……」 「私は、みすみす宝を見過ごすほど、無能ではないんだ」  腕時計に目を落とし、「時間だ」と有栖川は身体を起こした。  金井が無言で会計を済ませる。 「待っているからね」  白いドアの前で、もう一度そう告げて、カリスマ経営者は砂塵の中へと消えていった。

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