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【9】-2

「部屋に……」 「誰がいるんだよ。エレベーター」  後ろから押されるように広いホールに入り、二基あるエレベーターのうち、左側の一つの前に立つ。この機械も鍵がなければ動かない。何度か訪れた時の手順を思い出し、パネルに鍵を指してボタンを押した。  誠司と一緒に十二階まで上がりながら、あの人はいないのだと考えた。  今日は、いないのだ。今日は、まだ……。  部屋のドアを開け、中の様子が以前と変わっていないことに安堵する。男の一人暮らしには広すぎるキッチンを備えた1LDK。 「……まだ、誠司さん一人?」 「ん? まだって、なんだよ。前から一人だし、この先も一人だろ」 「でも……」  新築で分譲されていたマンションは、間取りを自由にアレンジできた。誠司の部屋は贅沢な造りの1LDKだが、広さそのものは千春の家の倍くらいある。部屋を仕切れば、家族で住むことも十分可能だ。 (でも、また違うところに家を買うのかな……)  外資系証券会社のディーラーがどれほど稼ぐものなのか、正確なことは知らない。ただ、誠司の年収は億単位だと母から聞いたことがある。他人のフトコロ事情をあれこれ口にする人ではないけれど、その時はよほど驚いたのか、ついポロリと千春に言ってしまったという感じだった。慌てて後から「内緒よ」と付け足していた。  それだけの収入があるのなら、また家を買うくらい造作もないことだろう。  プロ仕様の、厨房とでも呼びたくなるようなキッチンで手際よく作業を進める誠司の手元を見ながら、千春は自分の将来について考えた。  勝山商事への就職が白紙になったことが、まだ現実として受け止め切れない。  一年近い就職活動の末に、やっと手にした内定だった。目に涙を浮かべて、『よかったわね』と言ってくれた母の顔を今も覚えている。  明日からどうやって生きていこう。  続ける気があるなら、『カナイ珈琲』でのアルバイトを続ければいいいいと、金井は言ってくれた。  有栖川も……。

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