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【9】-5
「千春……、おまえ、この前から少しヘンだぞ。どうかしたのか?」
考える前に言葉が勝手に零れ落ちる。
「……誠司さんだって、ヘンだった」
あの日、あの人と一緒にいたのに、誠司は有栖川と千春を追いかけてきた。すごく怒って……。
あんなふうに怒る誠司を、千春は初めて見た。
「ヘンだったよ」
誠司が視線を逸らす。
「あの男と……、有栖川と、何かあったのか。まさか、まだ会ってるんじゃないだろうな」
「会ってたらどうなの? 誠司さんには関係ない……」
たいした考えもなく言い返すと、頬に手を添えられて、顔の向きを変えられた。誠司と正面から目が合う。
「会ったのか。あの後も、また」
鋭い目で睨まれて、泣きたくなった。千春がヘンだと言うのなら、一番大きな原因を作っているのは誠司なのに。
小さな頃のように誠司の腕の中で泣きたい。ただ背中を撫でてくれるだけでいい……。
胸に顔を埋めようと身体を傾けると、強い力で肩を掴まれた。それ以上、先へ進むなと言うようにきつく眉を寄せた誠司が、責めるように千春を見下ろしている。
心が押し潰される。
喉が詰まって息ができなくなる。
(どうして……?)
いつからだろう。
甘えたいと、素直な気持ちで寄せた身体を遠ざけられるようになったのは。
背中を抱きしめてくれるだけでいいのに、そうしてもらうどころか、肩を掴んで押しやられるようになった。その度に千春は、宇宙の真ん中に投げ出されたように息ができなくなる。
「ど……して」
酸素のない暗い闇の中、心が悲鳴を上げる。
「どうして、そんなに……。嫌うの……?」
「嫌う……?」
「触られるのも、嫌なの? 僕が……」
千春がーー。
「おかしいから」
誠司のことしか考えられない。
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