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【9】-8

 ダメだ……。これは、全部あの人のもの。  冷たい氷柱のような理性が千春を諭す。誠司には、あの人がいる。  なのに、どうして。  なぜ誠司は、千春にこんなふうに触れるのだろう。  頭ではダメだと思うのに、心は泣きたくなるほど幸福だった。  誠司に触れたかった。触れてほしかった。  与えられる蜜の甘さに抗えず、腕を伸ばして愛しい男を抱きしめる。  何も、考えたくない。考えない……。  千春の中の一番深い場所に潜んでいた悪魔が、理性も不安も罪の意識も道徳も正義も、全部まとめてブレーカーごと落としてしまえと(そそのか)した。  千春はもう、その声に従う以外できない。 「千春……」  頬や首筋に何度も口づけられて、しがみつく腕に力を込める。 「千春、千春……」  キスを繰り返しながら立ち上がり、寝室のドアまで移動する。抱きかかえられたままドアをくぐり、広いベッドに押し倒された。 「誠司、さ……」 「千春……、おまえを……」  どうしてか泣きそうな顔で誠司が千春を見下ろしていた。何かをこらえていて、けれどもうそれができなくなって、途方に暮れている顔。  その次には、誠司の瞳に燃えるような炎が浮かんでいた。 「あ……っ」  指がシャツにかけられ、あっという間にボタンが外される。乱暴なほどの性急さで、抗う間もなく次々服を剥ぎ取られた。靴下とボクサーパンツ一枚になって、誠司を見上げる。千春の上に膝で立つ誠司が、自分の服を素早く脱ぎ捨てた。  身体中が痺れ、心臓の音が部屋中に聞こえそうなほど大きくなる。 「千春……」

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