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【10】-7

 ふいに強く抱きしめられて心臓が止まる。慌ててもがく千春を、誠司は洗面台に押し付けた。覆いかぶさるように後ろに倒され、唇が重ねられる。 「……っ」  キスはいきなり深いものになった。千春の中に入ると宣言するような、ひどく情熱的なキスだ。速くなる鼓動、身体の奥で否応なく官能の熾火が爆ぜる。瞬く間に燃え上がる炎に、熱した心が融け落ちた。  何度も唇を重ね、舌を絡めるうちに何も考えられなくなる。夢中になって舌を差し出し、誠司の肩に縋り、淫らなほど深いキスに応え続けた。  熱を帯びた下肢が制服の内側で膨らみ、誠司の硬い雄がそれに押し当てられる。身をよじると、ジレの裾から忍び込んだ手のひらが背中を撫でた。 「あ……っ」 「可愛いな……」  重なった熱を擦り合わせるように身体を揺すられ、声を忍ばせて喘いだ。 「ああ、ヤバイな。こんな場所で、どうしてくれよう」  誠司の言葉に、はっとした。一瞬で我に返る。冷たい罪の棘が、焼けた心の表面を無数に突き刺した。  欲望に抗えない自分の弱さを突き付けられて、いたたまれない気持ちになる。こんなに卑怯になって、全部忘れて誠司を欲しがるなんて……。  唐突に涙がぽろぽろ零れ落ちた。 「な、なんだ? どうした、千春」  ダスターで瞼を塞いだ千春を、誠司が慌てて覗き込む。 「どうしたんだよ、千春」  優しく聞かれて、「なんで……っ」と叫ぶように問い返していた。  どうして。  聞きたいのは千春のほうだ。 (どうしてこんなことするの? 外にはあの人がいるのに)  わけがわからなくなって泣き続ける。  会いたくて、触れたくて、おかしくなりそうなほど求めた男が、すぐそばにいる。けれど、この男に触れてはいけないのだ。これは、あの人のものなのだから。  誠司に触れる歓びと罪の意識との狭間で、千春の心は二つに裂けそうだった。  しがみついて泣いてしまいたい。その衝動を懸命に堪えて、吸水性に優れたダスターの繊維に顔を埋めていた。  誠司がそっと肩を抱き寄せた。  後頭部を軽く支え、髪に指を絡めるようにして何度か撫でる。 「いつも泣かないくせに。何をそんなに泣いてるんだよ」  千春、と優しく穏やかな声で名前を呼ばれ、頬をかすめた唇に、また涙が零れる。小さく耳を噛まれ、その愛しげな仕草に胸が痛んだ。  痛いのに、甘い。その甘さに傷つく。

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