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【10】-8

 首筋を滑り落ちる誠司の唇に欲望が滲み、罪の中に堕ちそうな自分が、本気で怖くなった。 「ダメ……」  広い胸に両手を押し当てて、身体を離す。  誠司はただ「可愛いな」と囁いて抱き返すだけだった。苦しくて、切なくて、わけがわからなくなる。  ふいにドアがコツコツと鳴った。 「おい。いい加減にしろよ」  隙間から金井が睨んでいる。 「こんなところでサカるなよな」  誠司がようやく千春を抱く腕を解いた。ドアを広く開けた金井が、高い位置にある頭をグーで殴った。 「確かに、千春はもう子どもじゃないよ。そう言ったのは、俺だ。だけどな……」  少しは自制しろ、ここは俺の店だと苦情を並べる金井に、誠司はただ「悪い」と殊勝に謝った。にやにやと脂下(やにさ)がった顔を見て、金井がもう一度、今度は腹に拳を入れる。  そのまま並んで、二人はフロアに戻っていった。  千春は、混乱したまま取り残される。状況がのみ込めないまま、おそるおそるその後を追うと、店の中央から金井の声が聞こえた。 「千春を紹介して欲しいって、彼女が言ってるぞ」 「ああ、そうだった。千春」  ちょっと来い、と手招きされて、千春は大きくかぶりを振った。 「や、やだ……」  信じられなかった。  今の今まで千春にあんなことをしておいて、いったいどうして、彼女に千春を会わせるなどと言えるのだろう。  泣きかけの顔のまま首を振り続けていると、不思議そうな顔をした金井の横で、誠司がふっと小さく笑った。 「まあ、初対面が泣き顔じゃ、千春も嫌だよな」  意外と意地っ張りだからなと、知った顔で金井に言うのを呆然と見ていた。  金井は金井で「千春はなんで泣いてるんだ」と誠司に聞いている。さあ、と首を傾げる誠司と一緒に仲よく肩をすくめる。  二人とも、どうかしている。おかしい。全然、意味がわからない。  けれど、続く誠司の声を聞くと、一瞬で心が冷えた。  「今から彼女と物件を見に行ってくる」

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