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【11】-2

 誠司が一人きりで店に戻ってきた段階で、疲れてボロボロの千春の心は、何も考えられないままどこかで安堵してしまった。彼女が一緒ではない、それだけで、やっと作った自戒の枷に小さな隙間ができる。 (僕は、狡い……)  誠司にはあの人がいるとわかっているのに、忘れて、離れなくてはいけないと思うのに、どうしても誠司が好きなのだ。  顔を見れば離れたくなくなる。  優しくされれば、その手を振り払えない。食事をする間だけでもそばにいたいと思ってしまう。  クルマの中ではほとんどしゃべらなかったのに、エレベーターに乗ると誠司は急に饒舌になった。  心臓の音を聞かれそうで気詰まりだったので、ありがたく会話に応じる。 「勝山商事の話、聞いたよ。残念だったな」 「うん……」 「商社に行きたかったのか?」  商社を中心に就職活動をしていたのは確かだ。けれど、勝山商事を志望した理由は、もっと単純だった。 「勝山商事は、クロテッドクリームを扱ってたから……」 「クロテッドクリーム? スコーンに添える、あのクロテッドクリームか?」 「うん。ロンドンにある会社と独占契約してて、勝山商事だけが輸入してる銘柄があってね……」  もちろん、それだけが理由ではなかったけれど、就職先の業務内容を調べる中で、勝山商事がクロテッドクリームや紅茶を比較的多く取り扱っていることを知り、ぼんやりと、もし入社出来たら渡英する機会があるかもしれないと思ったのだ。  千春が企業のエントリーシートを書いていた頃、誠司はロンドンにいた。配属先が日本に変わるのはいつになるかわからないと、母や伯母から聞いていた。  だから……。

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