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【11】-5

 誠司には、あの人がいる。 「愛人になんか、なれない……」  誰かを欺いて、傷つけて。  それでもまだ欲しいと、願いを捨て切れない自分のあさましさに泣きたくなる。 「愛人? 恋人の間違いだろう?」  誠司の、場違いなほど穏やかな声に、なんだか腹が立った。 「恋人になんか、もっとなれない……っ」 「なんでなれないんだよ」  今度は少しムッとしている。けれど、恋人になるということは、互いに全てを分かち合うことだ。唯一無二の関係を築くことだ。どちらか一方が手を伸ばしても、どうすることもできない。 「千春、なんでなれないんだ」 「だ、って……っ」  ひゅうっと、悲鳴のような声が漏れた。 「あの人が、いる……」  言葉にしてしまえば、苦しさは何倍にも膨れ上がる。世界中の海を集めたかと思うほど大量の涙が、千春の内側から溢れ出す。このままこの海に溺れて死んでしまえばいいと思った。 「あの人?」 「き、今日も、一緒に、お店に、来た」 「店? 誰と」 「カノジョって言ってた人……、綺麗な……」 「カノジョ……?」  誠司の眉間に皺が寄る。 「お店に来て、その後、おうちを探しに……」 「家を? 何の話だ」 「物件、て……」

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