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【12】-5

 千春が『カナイ珈琲』の面接を受けたのは、誠司の紹介があったからだ。けれど、それより以前に、誠司は金井に『千春を預かってほしい』と頼んでいたと言う。 「千春が高校に上がった年に、誠司はニューヨークに行かなきゃならなかっただろ。バイトなんかして悪い虫でも付いたらって気が気じゃなかったんだよ」  誠司は『大人しそうに見えて千春は意外と頑固だから、バイトをするなと言っても聞かないだろう』と言い、ならば、いっそ金井が雇ってくれと言ったらしい。 「従業員や客の中におかしなのがいても、俺が見てれば気付くし、何かある前におまえを守れる。実際、何度か危ないやつを追い払った」 「知らなかった……」  呆然とする千春に、金井は「それだけ誠司は千春が大事だったんだよ」と言った。 「でも、じゃあ、無理して僕を使ってくれたの?」 「いや。そんなことはない。むしろ、千春が来てから、バイトのビジュアル効果で売り上げがアップしたしな。それに……」  もっと大きな、いいことがあったと金井は言った。 「いいこと……」 「ああ。すごく大切なことだ。おまえ、お客さんのことを、すごくよく見てるだろ」 「そう……?」  気持ちは向けていると思うけれど、特にじっと見たりはしていないつもりだと答える。金井は「そういう意味じゃない」と笑う。 「何気なくやってるみたいだけど、誰に対しても、いつも居心地がいいようにと気を配ってる。それでいて、そのことを気付かせないし、押しつけがましいことは何もしない」 「お客さん仕事なら、普通のこと……」 「普通か……。だけど、それを普通にやるのが、案外難しいんだと思った。いかにもいい人そうに、うわっつらだけの親切を振りまいたり、自分がデキるってことをアピールしたりするやつなら、まぁ、いくらでもいるんだけどさ」

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