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 広告の量や出すタイミング、必要な人材の確保、食材の仕入れルートと「セントラルキッチン」と呼ばれる工場の建設、そして店の内外装、制服や食器などのデザイン。  外食産業のチェーン展開と起業を担う経営コンサルタントのチームが、一年以上も前から、誠司の希望を元に開店準備を進めてきたという。千春がそれを知ったのは、誠司から「店を出す」と言われた数日後のことだった。  誠司は、昼間は忙しそうに開店準備に駆け回り、夕方になると『カナイ珈琲』に千春を迎えに来た。終始、機嫌がよかった。  千春をマンションに連れ帰り、試食を兼ねた食事を食べさせ、抱く。  千春は、誠司の起業の概要を、誠司の寝室の広いベッドの中で聞いた。  イタリアンをベースにしたカジュアルな無国籍料理「ノーボ・イタリアーノ」が店のコンセプト。世界中の人に、という千春の言葉を念頭に、価格帯は控えめ、けれど随所に工夫を凝らして、誠司オリジナルの「家庭料理の延長」でありながら、今までにない新しく新鮮な味を再現する。  オリーブオイルの試食をさせたのは、産地を限定しない、その年に多く実った地域のオイルが、安価で、かつ味にも力があることを確認したかったからだと言った。同じ考え方から、食材は旬のものを、たっぷりと、食材そのものが実りたくて実った、命に溢れたものたちを使う。  加熱用のトマトの仕入れ先、小豆島とシチリアの旅の話、食材の量の確保と品質の担保……、そんな話を、たくさんのキスの合間に聞いた。  半分は耳に残り、半分は聞き逃す。途中から何もわからなくなって、もう一度、もう一度、と繰り返した。  明日、また教える、と囁いて誠司も何も言わなくなる。  それから、ただ夢中で抱き合う。  誠司は何度も千春の名を呼んだ。低くて、少し掠れていて甘い。千春が一番好きな声で。 「千春……、千春……」  何度も、何度も……。 「千春くん、ここの壁なんだけど……」  客席部分の図面を手に、鬼木が千春に声をかける。千春は厨房を出て、改装中のフロアに向かった。  厨房内では、開店スタッフと一緒に、誠司が調理手順や盛り付けのマニュアルを確認している。

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