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そして、誠司の店は日本中に出店するための一号店であり、店のイメージを決め、次に続くための標準を示すものでもあることを第一に考えていると言う。客席の配置や客と従業員の動線なども、当面はこの店をモデルにして設計される。
「だから、ここは、なるべく欠点のないお店にしたいの。誰が働いても、気持ちよく働けて、来てくれるお客様に、心のこもった接客をしたくなるような、そんなお店にしたいのよ」
目立つような主張は必要ない。当たり前のことを、当たり前にできる環境に整えたいのだと言った。
「だから、千春くんの意見を聞けて、とても助かってるのよ」
そんな大した役には立っていない気がしたのだけれど、鬼木は「このお店は、千春くんそのものよ」と言って笑った。
「上田君が千春くんのために考えた美味しいお料理を、世界中のみんなに食べさせたい。それだけの、素直でまっすぐな気持ちが伝わるお店にできればなと思っています」
開店は六月。
当初の予定より、二カ月ほど前倒しになった。理由はいろいろあった。
準備が順調に進んだこと、誠司の仕事が思ったより早くキリが付いたこと。そして……。
当面は、誠司が社長兼店長を務める。
店の運営が軌道に乗ったら――すでにあらゆるシミュレーションが行われ、軌道に乗ることは間違いないのだけれど――、半年後には千春が店長を引き継ぐ。
最初にその話を聞いた時、千春は驚いて、かなり躊躇した。社会人一年目で「店長」は荷が重いと感じたのだ。
そんな千春の背中を軽やかに押したのは、金井だ。
『千春なら十分やれるよ』
七年間、金井のそばで、ほとんど片腕のようになって店の運営を担ってきた。その経験は無駄ではないと言い、わからないことがあればいつでも相談に来ればいいと言って、太鼓判を押す。
『だいだいな、店の掃除や備品の補充、バイトのシフト調整みたいな細かい雑務は、絶対、誠司なんかより千春のほうが上手いから』
誠司は大勢の人を使うことのできる、稀有な能力を備えた男だけれど、目の前の小さなことをコツコツやるのは、実はそれほど得意ではないと言って笑う。
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