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ほどけて〈1〉

 するすると指は肌を辿る。カーブに沿って、人差し指が辿った場所を中指が追いかけ、薬指は震えるように細やかな後味を拾い集める。  ひとつひとつの指が与える感覚に嫌でも集中してしまう。反対に、戻るときはそわりと波が引くように刺激が拡散する。  触れるその手が、俺の中の熱と欲と情をゆっくりと目覚めさせていく。体の隅で眠っていた知らない感情を引きずり出す。あなたはそれを知っているんだろうか。知ってて迂闊に俺に触れ、もっと、もっとと浮かされるような欲望を掻き立てているんだろうか。  もっと、触れられたい。余すところなく触れられて、身を委ねてしまいたい。そして、もっとあなたを知りたい。  優しいうっとりとした顔で俺の肌に指を滑らせる時、俺はあなたの心に触れたい。素手で撫で回し、柔らかな部分を押さえて刺激し、どうしようもなく感情を溢れさせたい。  抱きあいたい。侵食しあいたい。溶けて混じりたい。  願望と悦楽をため息に混ぜて聞かせ、甘く誘う。あなたはひとり熱に溶け始めた俺を見て柔らかく微笑み、全部お見通しだとでも言うように口づけを落とす。   * * *  ぼんやりと灯るライトに照らされた顔がふと起こされ、こちらを見た男と目があった。顔にかかるウェーヴがかった髪がはっきりした顔立ちを余計印象的に見せている。イイ男だな、と思う。 「渉わたる、こっち来る?」 「『来る?』って言い方は変だと思います。貝瀬さんが俺に来て欲しいって言うなら行ってあげますけど」  アンティーク雑貨店の店長、貝瀬謙太郎は渉の人生初の同性の恋人だ。大学の勉強にもバイトにも関心のない渉は、何をするでもなくしばしば貝瀬の店に入り浸っている。レジカウンターを挟み貝瀬が淹れてくれたコーヒーを飲んでいたら、全く甘くもないトーンで唐突に声がかけられた。返事を聞いて、ふふっと口元を優しく緩め、言い直す。 「渉、こっち来て」  語尾が変わっただけなのに、どきりと胸が鳴る。映画の個性派俳優のような低くていい声をしているから、その誘いは十分魅惑的に響く。  それだけじゃない。近くに来いと言うんだから嫌でもその先を期待してしまう。カウンターの内側に入って隣に座ると、貝瀬は満足気な表情を見せるだけで特に何もしない。こういう時の居心地の悪さを知っていてあっさり誘いに乗ってしまうのだから、この男には敵わないと渉は思う。  渉がぬるくなったコーヒーを啜っている間も、貝瀬はノートパソコンに向かっている。こんな薄暗い中で液晶画面を見るのは目に良くないのではないかとぼんやり考えながら、ほわりとオレンジの灯りが照らす雑多な店内に目を移した。棚にテーブルにごちゃごちゃと古い雑貨が眠るように並んでいる。  静かに時間と空気が流れている中、本当にふとした瞬間、貝瀬はとても自然に渉の方へと手を伸ばしてくる。それには言い訳さえ必要なく、たった今そこを触りたいから触るのだと指先が語る。  丁寧に細やかに密やかに、何かを感じ取るように指は皮膚を撫で上げる。この人は手触りフェチなのだ。しかも現在、渉の素肌を触ることに大変ご執心だ。  はじめ二の腕の裏側にさらさらと指を滑らせていたが、さらに良い手触りを求めTシャツの中にまで侵入し始める。指先はゆっくりと弧を描くように肌の上を這い、渉の心を乱す。そしてどう辿り着いたのか、いつの間にか腰骨のあたりを観察でもするかのように撫でている。逃れるように背を向けても気にする様子はなく、さらに下を辿る。 「この手触りすごくいいな。ここ、なんて言うんだろう」  下着のウエスト部分を押し下げた手が戻る時、かすかに生え際に触れるほど、その手は遠慮を知らない。逆撫でられた感触がぞわりと体の芯に伝わった。疼き始めた体に感づかれないよう、息遣いを乱さないよう、さもなんでもないといった調子で答える。 「鼠蹊部じゃないですか?」 「違う。もっと上のへこんでるところだよ。程よく張りがあってキメが細かい。腰からのラインがぴったり手に馴染む」  そう言いながら、ゆるやかな手つきで慎重に愛しむように撫で上げる。そこだけじゃなく渉の体はすっかり貝瀬の手に馴染んでいると思う。どこを触れられても肌は喜び、本人自身の感情さえ軽率になおざりにして勝手に快楽を求め、貪欲に貝瀬の手を求める。  触れられたい、そして同時に嫌だと思う。  彼が単なる嗜好を満たすとき、自分は快楽に酔い、さらなる深みを求めるなんてやりきれない。同じラインまで連れて来たい。やるせなく、どうしようもない切なさを知らしめたい。

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